「西行・山家集」

「西行・山家集」(井上靖/学研M文庫) *再読

→西行は自分が和歌をつくるのは、
仏師が木から仏像を彫り出すのとおなじと言ったという伝承が残っているが、
このエピソードはとても意味深いものがあるのではないか。
一本の木は木に過ぎないが、そこに仏のすがたを見て彫り出すものがいる。
いっぽうで世界というものは言葉であると言ってもよかろう。
宇宙も太陽も月も星々も草花も畜生も人間もそれぞれ名前がついた言葉である。
世界は言葉に満ちている。
西行は仏師が木から仏像を彫るように、
世界の無数の言葉から厳選した31文字を彫琢(ちょうたく/磨き出す)する。
五七五七七の31文字では一見するとなにも伝わらないように思えるが、
31文字を読むわれわれも
(人によって語彙(ごい/ボキャブラリー)は異なるにせよ)、
それぞれが独特の言語世界を生きている。

話を脱線するが、西行を思慕していたのが踊り念仏の一遍である。
一遍は「南無阿弥陀仏 決定往生 六十万人」と書かれた札を、
全国を旅しながら貴賤を問わず配って布教していた。
長らく、どうしてそんなことを一遍がしていたのかよくわからなかった。
紙切れを配ってそれで布教が終了というのは理解しがたいと思う。
しかし、当時一遍が布教対象としていたのは無学な文盲の人たちだったのである。
変なことを書くと、セレブという言葉を知るから、
いまの庶民もセレブでないことに苦しむのである。
幸福という言葉を知るから、自分たちの家族は幸福か? と問うようになる。
反対も言えて、地獄という言葉を知らなければ地獄に堕ちる苦しみを考えないでいられる。
不幸という言葉を知らなければ、虫けらのような貧農もつつがなく淡々と生活できる。
さて、踊り念仏の一遍が配った札は「南無阿弥陀仏 決定往生 六十万人」。
「六十万人」というのは人数が多いことの意味で、「みんな」と解釈してよい。
南無阿弥陀仏と唱えたら全員、死後に極楽浄土に往生することが決定しているよ。
一遍の配った札の意味はこうであった。
虫けらのように生きる無学で文盲のあぶれものたちは、この言葉にどれほど救われたか。
「迷い」「生きづらさ」という言葉を知らなければ楽なのと同様に、
「救い」「救済」という言葉を知らないものは
未来永劫(みらいえいごう)救われることがない。
とするならば、一遍は旅をしながら
救いの言葉を全国の苦悩者に配ってまわっていたことになる。
毎日虫けらのようにこき使われて、死んでハイ終わりじゃ、それではあんまりではないか?
しかし、そうではない。「南無阿弥陀仏 決定往生 六十万人」である。
おそらく貧しい言語世界しか持たぬ当時の貧民が、
一遍からこの札(言葉)を受け取ったときの歓喜はいかほどであっただろうか。

「救い」というのは「言葉」なのである。
なにかが「救い」なのではなく「言葉」そのものが「救い」の実体であり機能である。
踊り念仏の一遍が配ってまわった言葉「南無阿弥陀仏 決定往生 六十万人」は、
いまでたとえるならば「フロー状態」や「マインドフルネス」、
ちょいと古いが「臨死体験」も似たような機能を持つ言葉だろう。
だれがいちばん救われているかといったら、最初に救いの言葉を発明したものだ。
南無阿弥陀仏でも南無妙法蓮華経でも密教の真言(呪文)でも、
フロー状態でもマインドフルネスでも無為自然でも則天去私でもおなじこと。
そう考えると、出家した仏僧の西行が、
わが歌こそ救済の真言であると言語作品を仏像に比した理由もわかるのではないか。
いま苦しんでいる人は大勢いるだろう。
その苦しみは「言葉」である。うまく「言葉」で説明できないから苦しいのかもしれないが、
苦しみの本質は「言葉」だと思う。
苦しみを理解するにはその苦しみをなるべく適切な「言葉」にしてみるのが第一歩である。
世界は「言葉」であるし、ならばその世界での苦しみが「言葉」でないはずがない。
あたまのいいものは苦しみを「言葉」で書き出しているうちに、
なんと陳腐なものかとわれながらあきれるだろう。
そこまでの自覚ができたら苦しみを対象化したことになるのだが、
あんがいそこに行くまでがいちばんの難路なのかもしれない。
そうして人は自然に「言葉」そのものが「救い」であることに気づくときがくる。
言葉によらない抱擁(ハグ)、性交(セックス)のような「救い」もあるだろうが、
それは一時しのぎの面があり(そこがいいのだろうが)、
その「救い」も説明するためには結局のところ「言葉」を必要とする。

人生は苦しみに満ちているが、
通俗仏教的に説明すればその苦しみの原因は「契り(前世の因縁)」になろう。
いくら「契(ちぎ)り」の意味が「前世からの因縁」と教わっても人は救われない。
自分で自分から自分の言葉で深々と「契り」を認めたとき、
ときに「救い」のようなものがもたらされることもあるのだろう。

「苦しみにかはる契りのなきままに ほのを(炎)とともにたちかへるかな」

前世で善根を積まなかったから、いま苦しんでいるのだろう。
いまいい思いをしているやつらは前世からの契りによるのだから嫉妬をしても詮ない。
とはいえ、恵まれた人を見ると、つい黒々とした感情が身を焦(こ)がす。
パンダのように白になったり黒になったりする心だが、
この心は前世よりの契りでいかんともしたがく、
はてまあ、さてさて終(つい/死)のときには、
いざ臨終にいたったらどんなことを思うのか。

「おろかなる心のひくにまかせても さてさはいかにつひ(終)のおもひは」

契り(前世の因縁)は悪いばかりではない。
むしろ、この契りこそ「命なりけり」なのではないか。命とは契りのことではないか。
ある人の死に際したときの西行の有名な和歌がある。
酒豪で文豪だった井上靖がとても好きな歌だという。

「今宵こそおもひ知らるれあさからぬ 君に契りのある身なりけり」

これはせんえつながらわたしも大好きな歌だ。
正直に白状すると、10年まえはこの歌の意味がよくわからなかった。
人との出逢い別れには「契り」がかかわっているというのが世俗仏教の真理だと思う。
なぜある人とある人が出逢うのかは「たまたま」だが、
それを「契り」と見るのが日本仏教ではないか。
みなさんもそうでしょうが、わたしにはことに多く、お世話になった人というのがいる。
1回きりの出逢いでも、むしろそれだからこそ「契り」を深く感じることがある。
親子関係、きょうだい関係は「契り」の最たるものでしょう。
最近のことで言えば、いまの職場のバイト面接で最初に工場長にお逢いしたとき
「契り」のようなものを深く感じたもの。
副工場長から飲みに誘われて
(上司から飲みに誘われるなんて人生初で、まさかわが人生で、と最高幸福体験でした)、
このカタギの口うるさいマジメな、
しかし不良がかったところもある善人にも非常に強く「契り」を感じたものである。
たぶん言ってもわかってもらえないだろう、
不思議な関係の親友との電話を終えて受話器を置くときも感じる。

「今宵こそおもひ知らるれあさからぬ 君に契りのある身なりけり」

どうして人と人は出逢いそして別れるのか。
出逢いの意味は? 別れの意味は? おそらく答えのひとつが「契り」になるのだろう。
もしかしたら偶然やたまたまなど存在しなくて、すべてが「契り」なのかもしれない。
「契り」はどこにでもある。
たとえばいまあなたの家のまえに立つ松とあなたの関係も「契り」である。
自宅のまえの松よ、おれが死んだあとはどうなっているんだろう。

「ひさに経てわが後の世を問へよ松 跡(あと)しのぶべき人も無き身ぞ」

仏教的な「契り」に思いをはせれば、庭の松も友だろう。
ペットの犬や猫も、庭の草花草木も、たとえ置物やぬいぐるみでさえ友になるだろう。
このあばら家を離れたら長年の我が友だった松が孤独になってしまう。

「ここをまたわれ住み憂くて浮かれなば 松は独りにならむとすらむ」

社会的大成功者の文豪、しかし酒豪で孤独だった井上靖は、
西行の魅力をとてもわかりやすく言葉で表現している。

「西行は花鳥風月の歌人ではない。
こうした何を信じていいか判(わか)らぬ時代にも、
なお変わるものがあるかも知れない。もしあるなら、自然であれ、人情であれ、
それを見届けたいと思ったことであろう。
反対にないならないで、またそれを見届けたいと思ったに違いない。
もうしそうでなかったら、西行は西行ではないのである。
西行の生涯を通じてのその仕事(和歌)から、
人間というものを、人間の孤独というものを、
その孤独な人間が生きる現世というものを見極めようとする」(P138)


井上靖は日本文学史上にまれな大成功者であった。
40歳を過ぎてから出世して、それだけ人の世の浮き沈みがよく見えたことだろう。
若くして華々しく出世したはいいが、その後泣かず飛ばずで終わった人。
終生努力など報われることなく終わった人も文豪の井上靖はたくさん知っていた。
井上靖の好きな西行もまた、激動の歴史のなかを生きた人であった。
正義や悪などというまやかしの言葉では理解しきれぬ現世を見た。
見ただけではなく、これがこの世であると西行は詠った。

「かかるよ[世]に影[光]もかはらず澄む月を 見る我が身さへうらめしきかな」

正義の人が破れ、悪徳な人が栄えるこのこの世で輝く真如の月とはなにか?
その月をこうして見ている自分とはどういう存在なのか?
いったいなにを目指して生きていけばいいのか?
西行は奥州の平泉を目的として旅したことがあった。
もっとも西行が見たかったのは古戦場である衣川(ころもがわ)である。
苦難の連続の旅で目的地に到達した西行の心境はいかなるものか。
これは人生でおよそ人が望むあらゆるものを
手に入れた文豪の井上靖の老境にも通じるものだろう。
最終目的地に着くことにいちおうは成功した西行は、その味気ない心境を言葉にする。

「とりわけて心も凍(し)みて冴えぞわたる 衣川見に来たる今日しも」

もしかしたら古人が多く来訪を望んでいた死後の世界は、
阿弥陀経に書かれている金ぴかの世界ではなく、
西行が描いたところのさみしいわびしい世界なのかもしれない。
しかし、そこを目指して多くの日本文化人は生きてきた。
おのれの見たことを、おのれの心が見たことを西行はおのれの言葉で書いた。
西行の境地を目標とするものは多いが、それは踊り念仏の一遍であり井上靖であり、
恐れ多くもこの文章のつたない書き手もそのひとりかもしれない。

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06/25 13:21
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