効率の弊害

効率という考え方は、目的地(目標)を設定して、
そこに速やかに到達しようとする。
ということは、効率ばかり考えていると目的地にまでしか行けないわけわけだ。
なにを当たり前のことを言われるかもしれないが、効率は目標主義である。
世の中の人は出世とか結婚とか豊かな老後とか、
ある目的地を設定して効率的に「正しい」努力をしようとする。
どういうことかと言うと、行けるのはマックスでも目的地でしかない。
知っているところまでしか行けない。
知らない場所へは効率思考では行くことが難しいだろう。

むかし神保町の古本屋をぶらぶらして楽しかったのは目的がなかったからである。
ほしい本がほしいというよりも、ほしい本がわからないからぶらぶらするのが楽しかった。
「知らないものは存在しない」という法則がある。
しつこく繰り返すと、知らないものは知るまで世界に存在しない。
知らないところへ行きたい場合は、目的地を設定してはいけないということになる。
目的地は知っているところで定めるしかないわけだから。
旅でたとえるならば、とりあえずタイのバンコクまで行って、
そこから行きたいところを決める、
みたいな個人旅行がいちばん思い出深いものになろう。
どこに行きたいのか自分でもわからない旅こそおもしろい。
たとえばネットを使えば効率よくAに関する情報は集まるけれども、
目的ではないX(エックス)に興味を持つことはめずらしいだろう。
まあ、ネットサーフィンは人をどこに導くかはまだ未知の領域だろうが、
それでも古本屋のワゴンをあさるほどの楽しみはないような気がする。

いまわたしはほしいものがない。人生の目的もまるでない。
どうせみんな最後は死ぬんだし(死は人間の終着地でしょ?)、
効率やスピードアップばかり考えている人は早くお陀仏すればいいのに、
と思わないこともないが、それではひねくれが過ぎるだろう。
あんがい死の先にあるもののほうがよほど重要で、
この世のことは大したことがないのかもしれない。
本当の人間の目的地は死の先にあると考えるのが宗教とも言いうる。
ということは、なにもしなくてもいいのかもしれない。
なにもしなくても人間はいつか死んで、その先がなんなのかわかる。
そこまで達観しちゃいけないのかもしれない。

出世とか結婚とか健康とか名声とか、
とりあえずの目標があると死を直視しないで済むから便利なのだろう。
行けるものなら、いまのわたしがよく知らない世界に分け入ってみたい。
いま現在のわたしが知らない知覚を味わってみたい。
そんなものはセブンイレブンの新商品でごまかせるものという意見もまた「正しい」。
人間はどのみち行けるところまでしか行けないというのも「正しい」だろう。
運命的に宿命的に、あるいはご縁にしたがって。
あんまり力むと疲れちゃうよねえ。
著名な精神科医の春日武彦先生からありがたくもおコメントをいただいたので、
今晩は酒をやめて積んであった脱力系医師の先生のご本の1冊を読もうと思う。
はい深呼吸して、リラックス、リラックス。
お互い失敗してもいいから思うようにならないことに対して辛抱する練習をしてみよう。
最後にこころの名医の名言を紹介する。

「相手を自分と同じと思うから、
オレだったらあんなことはしないのにと呆(あき)れたり怒ったりすることになるんですよ。
あなたと違う考えや価値観の持ち主だっているんだから、
いちいち反応していたら疲れちゃいますよ」

COMMENT

あなたと同類の人間 URL @
06/16 16:11
. 夢破れて、自己表現のためには下種な自分をさらけ出すしか無くなってるんですよね。
まさか自分の人生に残されたものが無様な開き直りしか無くなるとは、十年前なら想像だにしなかったはずです。
2chでもシナセンでも職場でもいざこざを起こすたびこう考えてきたでしょう?
自分には諸々欠陥があるかもしれないが、でもこの才能がある。今に見てろ、と。
でも結局自分はなりたい自分ではなかったわけです。
でも持ち前の無神経さがあります。だからわれらは毎日生きていられます。








 

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