「あの世と日本人」

「あの世と日本人」(梅原猛/NHKライブラリー)

→学問は真理を追究するとされているが、しかし真理の定義が難しい。
ひねくれ者のわたしは真理とは以下のようなものだと思っている。
1.真理とは、人(や人びと)を喜ばせる言葉。
2.真理とは、いまこの現段階で虚偽(デタラメ/ウソ)だとばれていないこと。
3.真理とは、人それぞれで、それぞれがそれぞれ真理だと信じていること。
日本有数の大物学者である梅原猛は本書で、
日本人は「あの世」をどう見てきたかわれわれの精神史を古代から丹念に追っている。
本書出版時も高齢だった大成功者の梅原猛は、死後のことが不安なようで、
「あの世」でわれわれは死んだ父母に逢えるという説を語っている。
なおかつ「あの世」は行ったきりではなく、たとえばお盆のように戻ってくることも可能。
なんでも梅原猛は孫と遊ぶのが好きらしく、死んでからも孫に逢いに来たいらしい。
ならば、だとしたら「あの世」はそういうところでなければならぬ。
本書で梅原は仏教以前の神道の「あの世」はそういうところであったと論じている。

この本ではなく別の本だが、梅原は親鸞の説く浄土(「あの世」)も
そういうところだと見てきたようなことを書いている。
果たして梅原猛のいう「あの世」は真理なのか? わたしは真理だと思う。
なぜなら最初に持ち出した真理の定義に当てはめてみよう。
死んで「あの世」に行けばわれわれは死んだ血縁者と再会することができ、
なおかつ一度死んでもわれわれは「あの世」から戻ってくることができる。
繰り返しになるが真理とはなにか?
1.真理とは、人(や人びと)を喜ばせる言葉。
2.真理とは、いまこの現段階で虚偽(デタラメ/ウソ)だとばれていないこと。
3.真理とは、人それぞれで、それぞれがそれぞれ真理だと信じていること。
逐一検証すると、そういう「あの世」があれば人びとは喜ぶからこれは真理だ。
「あの世」がどうなっているか科学的に検証できないため虚偽の証明も不可能。
梅原猛は「あの世」がそういうところだと信じている(信じたいと強く思っている)ので、
これもまた真理の条件に適合するだろう。

わたしは梅原猛とひろさちやの一般書で仏教の基礎を学んだ。
仏教を勉強するとは、どういうことか?
結局、いくら知識を増やしてもそれが信心(信仰)につながらなければ意味がないのだ。
学問は役に立たないが、宗教は生きるうえで役立つこともあるのである。
逆に言えば、役に立つ見込みがないのに宗教を勉強している人の気が知れない。
人は生きているとどうしても孤独感や不安感(このふたつが最大の迷いでは?)、
倦怠感、無力感、絶望感、劣等感にさいなまれるものだ。
そういうときにたとえばうまく仏教で自分をだますと精神科のお世話にならずに済む。
仏教信心とは、それぞれの「私」が、
広範囲の意味における「仏」と関係する物語を創作し、安心感を得ることである。
自分は仏に守られているとか、死は終わりではないとか信じられたら安心しますよね?
ものごとに実体はないとか信じられたら、苦手な上司や同僚と折り合いをつけられる。
自分はどこにでもいるつまらない目立たない人間だけれど、
自分の心の奥底に仏がいるとか信じられたら慰めがあるじゃないですか?
毎日の生活における何気ないささいなことが全宇宙と連動していると信じられたら、
味気ない生活にも多少のうるおいのようなものがもたらされるのではないか?

仏教を信じるとどこまでも退屈でやりきれない単色の日常が、
わずかながら色めくというか生き生きしてくることもないことはないとも言えよう。
けれど、よほどの単細胞バカでないかぎり、だれかから仏説を教わって、
他人の仏教物語を、はい、それではそれをそのまま信じましょう、とはならない。
仏教の醍醐味というのは、それぞれがそれぞれの物語を創作できるところだと思う。
本書で梅原猛が自分の「あの世」を創ったように、
みんなもそれぞれの「あの世」や自分の「仏さま」を創造するのがいちばんいい。
まったくゼロから妄想(物語)は創れないから、
信心を得たくて大しておもしろくもない仏典を読む人もなかにはいるのである。
ふつうの生活者は仏典など読めないだろうから、
インテリが嫌う瀬戸内寂聴や五木寛之の本を読んで、
おのれの信心めいたものを創造してもいいだろう。
これは放言とも思われかねないが、もし好きなアニメがあるのであれば、
そのヒロインと観音菩薩を同一視してマイストーリー(信心)を創作してもよろしい。

それは仏教信仰ではないとお叱りを受けるかもしれない。
反論として考えられるのは、仏教とは、
開祖の釈迦(しゃか)の言った言葉を学び、それを実践することだと。
とはいえ、釈迦に著書はなく、なにが釈迦の教えかわからないのにどうしろと?
仏教は釈迦の教えがよくわからないところがいいのである。
このために、それぞれがそれぞれの価値ある人生を生きるための、
新しい仏教物語(釈迦妄想)を創作することが可能になる。
そもそも日本は大乗仏教の国だが、大乗は釈迦の教えを否定した仏教なのだから。
日本の最高権威学者のひとり、梅原猛の言葉を聞け。

「このように大乗仏教では、釈迦仏教を否定して新しい、
はなはだ現世肯定的な仏教をつくったのですが、興味深いことは
大乗仏教が釈迦の名でもって次々に新しい経典をつくったことです。
それは現在、徳川家康の著書が出るようなもので、そういうことが
何の疑いもなく行われたというのはインドというお国柄のせいでしょうが、
こうして大乗仏教が発展するにつれ、
釈迦も釈迦という歴史的人格を離れて、超歴史的存在になります」(P104)


だとしたら、「幸福の科学」の大川総裁のしている霊視・霊言が
いまの日本におけるもっとも「正しい」大乗仏教なのかもしれないわけだ。
創価学会はなんかわかるけれど、大川総裁は得体の知れない気味悪さがある。
しかし、あれも大乗仏教というか、もしかしたら大乗仏教精神を
もっとも正統的に継承しているのが幸福の科学という説も成り立つだろう。

いまの大川総裁よりは偉いことになっている歴史上人物の法然も変な男だ。
ご存じのように、法然は、
ただ南無阿弥陀仏と口で称(とな)えたら救われると説いた坊さんである。
法然が出るまえの仏教で主流だったのは南都六宗と呼ばれる学問仏教。
具体的な主だった宗派としては三論宗、法相宗、華厳宗。
三論宗は、万物に実体はないという「空(くう)」を説いた、いわばニーチェのニヒリズム。
法相宗は、いまでいえばユングの深層心理学みたいなもんだ。
華厳宗は、強引に現代風にいえばアインシュタインの宇宙論のようなもの。
庶民はニーチェ(三論宗)とかユング(法相宗)とかアインシュタイン(華厳宗)とか、
そんなことを言われても「馬の耳に念仏」(笑)。
そこで法然はニーチェやユング、アインシュタインを勉強したうえで、
しかしこれらではまず自分が救われないことを深々と悟り、
その結果として自他を救う(だます)ために
南無阿弥陀仏オンリーの救済(物語/妄想)を説いた。
法然がなんの天才かというと、ミスをするところが常人離れしていたのである。
法然は誤読の天才、別解の達人、
つまり慣例にとらわれない自由な独創的(仏典)解釈者であった。
いままでだれも読んだことのなかった視点から仏典を解釈したのが法然である。

わたしは法然の南無阿弥陀仏もまた真理であると確信している。
なぜならば、真理とは、みたびの繰り返しになるが――。
1.真理とは、人(や人びと)を喜ばせる言葉。
2.真理とは、いまこの現段階で虚偽(デタラメ/ウソ)だとばれていないこと。
3.真理とは、人それぞれで、それぞれがそれぞれ真理だと信じていること。
口で称える念仏オンリーで救済されるという教えは無学な下層民を喜ばせる。
念仏は浄土三部経によっているが、
これら仏典を釈迦が説いていないことは永遠に証明できない。
法然や親鸞がそれぞれ念仏は絶対真理だと信じているから、
このため、しがるがゆえに南無阿弥陀仏は真理だ。
真理とはおそらくある人が熱心に信じている解釈例のことなのだろう。
他人の解釈(世間常識/社会風潮)もたいせつだが、
自分なりに娑婆(しゃば)世界を解釈(妄想/誤読/創価)するのも
生きづらさをかかえるものには有効な手段となりうるのだと思う。
法然はいろいろな本を自由に新しく解釈(誤読?)することによって、
自他を救う物語(妄想?)を創作するにいたった。
誤読、誤読というが、言葉はいかようにも解釈可能なため、
受験現代文のような「正しい」読解はそもそも存在しないのかもしれない。
こちらも妄想過剰な梅原猛いわく、間違える天才のような法然は――。
ちなみに西方浄土を説いた有名なお経は「大無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」。

「『観無量寿経』と『大無量寿経』を比較すると、
同じように極楽浄土往生の思想を説いているのですが、
その態度は正反対といえます。
『観無量寿経』は美的芸術的経典です。
『大無量寿経』はそれに対してはなはだ倫理的論理的経典です。
法然は、倫理的論理的な人間です。
それで彼は『大無量寿経』に語られる本願の思想を中心に浄土教を新しく考え、
口称念仏中心の浄土教をたてたわけです。
そうすると、『観無量寿経』もそういう本願中心、念仏中心に法然は読みかえます。
つまり『観無量寿経』も表には観仏[イメージ]をすすめているように見えるけれど、
実際は称名[コール/ソング/カラオケ]をすすめたのだ。
表の意味と裏の意味は別だ、そういう解釈をするのです。
同じように『往生要集』を法然はまた読みかえるのですが、
『往生要集』も表に観仏をすすめているようだが、
ほんとうは称名をすすめたのだという解釈をとるのです」(P220)


しかし、法然とはいえ、完全な自由から独自妄想を創価創立したわけではない。
いままでだれからもさほど重要視されなかった中国の善導という坊さんの本を
読んで感動して、法然は善導の没後弟子になることで口称念仏の確信を得た。
逢ったこともない異国の僧を師匠とあおぎ、独自の信仰を打ち立てた。
まったくのオリジナルの思想など存在しないのだろう。
人はどうしたらおのれの導き手に出逢えるかはわからないが、
確率的には多くの本を読むことが重要で、
それから人生的には本との出逢いは偶然でたまたまだから
機縁が熟すのを待つしかないという面もあろう。
法然のはじめた南無阿弥陀仏は「あの世」信仰にほかならない。

「法然の理論はどうしてできたのでしょうか。
彼にとって決定的なものは善導との出会いです。
それを法然は「偏依善導(へんいぜんどう)」、
つまり「ひとえに善導に依る」というふうに言っています。
彼が『観無量寿経』の注釈書である善導の『観経疏(かんぎょうしょ)』を読んで、
たいへん感動したところから彼の新しい浄土教は出発するのです。
善導はたいへんな詩人で、実に美しい文章を書きます。
絵もたいへん上手だったといいますが、
そしてこの世のはかなさ、苦しさ、麗しさを説き、
あの世の美しさ、苦しさ、変わりなさを語った。
私は若き日にはじめて『観経疏』を読みましたが、
何かボードレールの詩を読むような、そんな感じがしました。
そういう一種のロマン的な宗教家で、最期は木から飛び降りて死ぬのです。
そういうところもロマン派の宗教家らしい。
その善導が魂を注いで書いたのがこの『観経疏』です。
それを法然もまた全身全霊で読みました。
そして彼はそこから大きな思想のヒントを受けました」(P215)


「観経疏」を読んでみようと思ってネット検索したが書店に在庫がない。
そういえばむかし神保町の古本屋で4千円くらいで見かけたことがあったなあ。
実際に読んでみたらあんがい大したことがないのだろう。
善導は法然が自分で発見したから、彼にとって強い意味を持った。
わたしが後追いで善導を読んでも、さして新鮮な感動は味わえないような気がする。
さて、師匠の問題である。
他者に影響を受ける人と書物から刺激を受ける人とふたつのタイプがいるのだろう。
しかし、どうして書物が他者ではないと言い切れようか。
実際の著者よりも書物を通して対面したその人のほうが魅力的ということもあろう。
法然に逢ったことのない梅原猛は、法然の人間像を決めつける。
上記した真理の定義に従うなら、この梅原の描く法然は真理であろう。
不幸への哀しみが法然の人格形成を大きく左右した。

「父は殺され、一家離散の運命にあった法然一家に、
母もまた安穏な人生を送れたとは考えられないのです。
この法然の生まれ、および九歳のときの父の悲惨な死、
そして十三歳のときの何か由緒ありげな母の死、
これが法然の心の奥にある深い傷ではないかと私は思うのです。
私は、宗教者というものは心の奥に深い傷を負っていて、
その傷ゆえに彼はこの世に対して絶望し、
この世ならぬ美しい世界を求めるのではないかと思うのです」(P192)


法然の弟子といえば親鸞が知られているが、この男はうさんくさい。
法然の高弟で当時有名だったのは弁長と証空なのである。
梅原によると、ふたりとも親鸞にはまったくふれていないという。
親鸞サイドが弁長の悪口を書いているのなら、むかし読んだことがある。
わたしはいまでは親鸞およびその一族郎党は食わせ者ぞろいで、
本当に偉かったのは「歎異抄」で親鸞を描写した唯円だけではないかと思っている。
親鸞の主著「教行信証」はむかし読んだが、さっぱり意味がわからなかった。
梅原いわく、親鸞も法然の誤読傾向はしっかり継承しているとのことである。
親鸞の意味不明な仏教哲学論文「教行信証」は引用ばかりである。

「九十パーセントも経典の引用があると、あまり独自性がないのではないか、
独創性が欠如するのではないかというふうに一見思われますが、
だいたい昔の人は、そういう経典に対する尊敬の心が厚かったのです。
自分の説を述べるのにもやはり経典を通じて述べる。
しかし、この経典の集め方、選び方において彼の独自の思想が入っている。
だから『教行信証』が九十パーセントは経典の引用だからといって、
この本の独創性が少ないとはけっして言えません。
そればかりではなく、彼はここで引用された経典に対して
独自な読み方[誤読?]をしているのです」(P253)


だんじて田舎坊主の親鸞先生と現代非正規雇用の自分を比べるわけではないが、
当方も引用は嫌いではない。
あえてわざと意図的に文意とは異なるかたちでそこだけを引用で取ることがある。
全体を読まないで部分だけ証拠引用として取るのはおもしろい読書だ。
著者が訴えたいだろうところを無視して、あえて些末(さまつ/どうでもいい)な
箇所にスポットを浴びせるスーパーフリーな独自解釈的読書もまた魅惑的だ。
対象はひとつでも解釈(見方)はさまざまになしうる。
たとえ事実のようなものがひとつあったとしても、
想像力(創造力/妄想力)豊かな人はそこから複数の真実を見て取ることができる。
そもそもからして事実のようなものが存在するのかも考えてみるとよくわからない。
ミスというのは創造性、独創性と大きく関係しているような気がしてならない。
どれだけ大きく間違えるかが、
その人の(ロボットならぬ)人間性(独創性)の証(あかし)とも言えなくはないだろう。
書物に人生の師匠のようなものを発見したものは幸いだ。
書き手が死んでいたらもっといい。
生きている師匠は身勝手にも気分次第で好きなことを言うが故人はそうではない。
法然にとっての善導のような存在が、わたしにとっての一遍である。
一遍は法然や親鸞と比べたらはるかにマイナーな、
しかし当時あるいは先輩念仏者ふたりよりも世間的にはメジャーだったかもしれぬ、
踊り念仏の創始者として知られる(一遍は空也を開祖とするが)カリスマ坊主だ。
梅原猛は法然や親鸞ほど心惹かれる存在ではないらしいが、
それでもわが一遍にありがたくも言及してくださっている。

「一遍は西行をたいへん慕っていますが、一遍の歌は西行の歌とは違います。
西行の歌はよく考えられたものですが、一遍の歌は自然のもの、
西行にもないような自然の味があるような気がします。

をのづから相あふときもわかれてもひとりはいつもひとりなりけり

私はこの歌が大好きです。
自然に人と別れるときもまた相合うときもあるが、
人間は結局ひとりだということですが、
「ひとりはいつもひとりなりけり」という言葉がよい。
これは一遍の心の底に存在する深い孤独をうたったものだと思いますが、
種田山頭火の歌のような感じがします。

こゝろよりこゝろをえんと意得(こころえ)て心にまよふこゝ成(なり)けり

「こころ」が五つありますが、こういう歌が一遍には多いのです。
これは先ほど述べたように、心にとらわれるかぎりは悟りは得られない。
心なんてことをいろいろ考えずに、「南無阿弥陀仏」に徹しろという歌でしょうが、
意味はよくわかりません。
こころという言葉を五つならべて結局は心に迷う心をうたい、
そういう心を捨てよというのでしょう」(P292)


仏教は現実的に役に立つからおもしろいのである。
働きながら一遍の歌の、
「相あふときもわかれてもひとりはいつもひとりなりけり」が思い浮かぶ。
そのまえの言葉がどうしても思い出せない。
ふと「おのづから」という言葉が出てくる。この「おのづから」の深さよ。
この上司と人生で出逢ったのも「おのづから」で、
もしかしたら明日「おのづから」別れてしまうのかもしれない。
いまひと言「辞める」と口にしたらもう一生逢うこともないのだろう。
そう考えたら、きついことを言われても「おのづから」にまかせようと思える。
一遍の「心より~」の歌はまったくそうで、いろいろ考えるから悩むのだろう。
どうせ人は死ぬのだし、死んだら旅先の思い出とおなじで、
あんがいマイナスの出来事を懐かしく思い返すのではないか。
死という絶対の彼岸である「あの世」からいまの自分を考えるとどれだけ救われるか。
わたしが仏教を趣味として学んでいるのは、
研究のためでも威張るためでも知的好奇心でもなく、
ただただ当方が生きづらい変質者だからなのだと思う。
仏教はマイストーリー(わが妄想)を創るうえで一生ものの玩具たりえる気がしている。

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