人生はコントロール

人間はコントロールしたり、
コントロールされたりするのを生来的に望む生き物ではないか。
人間は支配や被支配のために生きている。
恋愛とか結婚とか、
つまり男女ともに相手をコントロールしたいし、コントロールされたいわけでしょう?
子育てのおもしろさは、
サルを赤子から自分の思うようにコントロールできるという錯覚にある気がする。
社会人の楽しみはあるとすれば、他人をコントロールすることでしょう。
他人を自分に屈服させ言うことを聞かせることほど社会人の楽しみはない。
また上司からコントロールされるのもときに楽しいものである。
人生ってコントロールしていると思っているほうが
コントロールされていることがけっこう多いような気がする。
親は子どもをコントロールしているつもりだろうけれど、
逆にコントロールされているわけでしょう。
恋人同士だって夫婦だってそう。それが創価学会のいう「リアルな絆」なわけで。
学会員は池田先生にマインドコントロールされているなんてまったくの盲見で、
じつは多数派たる庶民の学会員が描き出した偶像が、
かのSGI会長だったのかもしれない。
あらゆる教団のトップは手下を支配していたのではなく、
子分たちからコントロールされていたのかもしれない。
あるいはそうなのかもしれない。
人は期待されている役割をついつい演じてしまうもの。
イエスを殺したのはイエスを崇拝しイエスに期待する群盲の弟子たちという可能性もある。

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