おいしい人生

やべえ、あと1ヶ月もしないうちに40歳になってしまう。
まさか40まで生きられるとも、40まで生きても無名のままだとは思わなかった。
40歳まで生きても、なんの世間的評価がないって本当の人間のクズじゃん、あはっ。
たしかにむかしはそう思っていたが、いまは少しばかり異なる。
40歳まで生きてきたのに無冠って、かえってすごくないか?
ふつう40くらいまで生きたら、だれでも小さな賞をひとつくらい取っているものでしょ?
それを誇りにして見苦しい自己愛を発揮したりする。
おれ、ホントーになんにもない。世間から1回も評価されたことがない。
これはマイナスではなく、むしろおいしいのではないか?
経歴に「すばる文学賞佳作」とか誇らしく語っている人ってみっともないじゃん。
ぼくは文芸誌に応募したことはないが、シナリオ賞には何度も応募したことがある。
箸にも棒にもかからなかった。
いまではシナリオへの関心をまったくと言っていいほど失っている。
いまのテレビもいまの映画も興味がなく、なにも知らない。
人間って変わるもんだなあ。かつて好きだったものもどうでもよくなるのが人間。
過去を回想して唯一、追求(?)してきたと思えるのはおいしさかなあ。
おいしいものを食べたい。
でも、それって食欲という最底辺の欲望なわけだから、
本当に最低なわたしわたしわたし――。
スーパーやセブンで新しくかつ安価なおいしさを求めるだけでも人生いいのでは?
いや、そりゃ、やばいっしょ! もっとなにかを求めないといけません。
人が本当に金や女を求めたら、するのは犯罪近似行為のような気がする。
そういうことができるガツガツした人がうらやましい。
本当に大金がほしかったら、わたしはどんな悪だくみをするのだろう。
しかし、どうせ死んでしまう。

COMMENT

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05/07 15:23
. 土屋顕史(美.杳◇5qBZxQnw)はかなりの有名人でしょう。むろん「高名」ではなく「悪名高い」という意味ですが。したがって「なんの世間的評価もない」のではなく「マイナスの世間的評価がある」と書くのが正確でしょう。小谷野の私小説「代理夫婦」の脇役のモデルにもなったし、一応文学史の片隅に残る存在なのは間違いありません。おそらく後世の文学マニアは、土屋さんのことを倉田啓明のような文学史上の奇人として記憶するのではないでしょうか。








 

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