神さまの話

いるとしたら、神さまってかなり意地悪なひねくれものではないだろうか?
安定した生活を送りたいと思っている人の願いはかなえないで、
絶対に安定した生活など送れないだろうとあきらめている人に安定を与える。
お金にがつがつしている人を破産に追い込み、
金銭へあまり執着のない人へは思いがけないごほうびを贈る。
もてたいと思わなくなったらもてる。
人から嫌われてもいいとやけくそになったら、かえって人づきあいがうまくいく。
この理屈がもし「正しい」なら出世を断念したら出世するようなことがあるのかもしれない。
他人はコントロールできないとあきらめたら、職場の人間関係も改善する。
この会社をいつクビになってもいいと思っていたら、あんがい長続きする。
あえて損をしてみようかなと思っていたら反対にラッキーが舞い込む。
他人にだまされて大損してもいいと思ったら、
事態が思ったこととは反対に予想外にすいすい進む。
ひと言で要約すれば、期待しないことかもしれない。
「人間なんてそんなもの」と他人に期待しなくなればかえって人間関係がうまくいく。
「人生なんてそんなもの」と人生に期待しなくなればかえって人生がうまくいく。
こだわらない、しがみつかない、執着しない。
大勝利を求めないで、負けてもいいかと思うこと。あるいは負けたと思うこと。
人生は思うようにならないからおもしろいのだとしたら、
思うこと、希望すること、願うことはたいていかなわないことになる。
今年に入ってから世界全体が輝いて見えるので参っちゃう。
とくにいわゆる「ふつうの人」の輝きには参る。
ふつうに働きふつうに悩みふつうに喜怒哀楽することがどれほどすばらしいか。
ありきたりでありふれた繰り返しは退屈だが、そこにしかない輝きもあるのだろう。
ありふれたことは奇跡なのだが、しかしありきたりで凡庸というのも「正しい」。
いまからジェイコムで山田太一ドラマ「ありふれた奇跡」の再放送を視聴する。
あれから7年が経過したんだなあ。2009年はわたしの青春でした。
けれども、4月の給与明細を見て、人によっては少額とあきれられるかもしれないが、
これからわが人生の青春は始まるのかもしれないと思った。
これからなにかが起こるのかもしれない。「ありふれた奇跡」のようなことが。

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