1円を笑うものは

数年まえまではみなさま(?)とおなじように1円でも損をしたくないと思っていた。
「1円を笑うものは1円に泣く」という信念めいたものをいだいていたような気がする。
いまでは1円くらい笑ってもいいと思っている。10円でも、100円でも――。
先日さあ、使っていたものの股間部分が切れたのでユニクロでジーンズを買ったんだ。
ネット通販。3980円を2着。
ユニクロのジーンズは特売期間2980円になるのを知っていたけれど、
そのときはいまもいま必要だったから仕方がなく購入した。
その後、やっぱり特売のメールが来て2980円になっていた。
2千円の損と考えられなくもない。
むかしはこういうときショックでかなり落ち込んだものである。いまはかなりヘーキ。

どうしてかというと、「わからない」ことがわかったから。
世界の裏側がどうなっているのか「わからない」ことがつくづく身に染みたから、
目先の損もまあヘーキ。1円を笑える。2千円もこわばった顔ながら笑える。
あんがいさあ、この2千円を損したから、ほかがうまくいっている可能性もあるわけ。
ここで2千円の損をしたから、将来にプラスのことがあるのかもしれない。
ここで2千円の損をしたから、いま事故や事件に巻き込まれていないのかもしれない。
難病になっていないのかもしれない。先々、だれかすてきな人と出逢うのかもしれない。
そもそもの話をしよう。身もふたもない話をしよう。
死んだら損も得もなくなる。死んだらプラスマイナスゼロ。
いくら貯金をしていても死んだらゼロ。いくら借金をしていても死んだらゼロ。
ここでの重要ポイントは愛する家族なのだろう。
結局のところ、いまあなたが損(マイナス)をすることで
家族が得(プラス)の状態になっているかもしれないということ。

いったいだれがどういうわけでプラス(得、勝利、成功、出世)になるのかは「わからない」。
39歳まで生きてわかったような錯覚をいだいたのは、
マイナス(損、敗北、失敗、落第)のおもしろさ、ありがたさ、かけがえのなさ。
あえてマイナスをねらうという生き方もあってもいいのかもしれない。
マイナスをねらったほうがプラスになるのかもしれない。
わざわざ意図的に損をしようとしたほうが将来的には得になるのかもしれない。
そもそも死をまえにしたら、
なにが得がなにが損かは「わからない」のだが、とりあえず――。
1円を笑ってみるのもいい気分転換になるのかもしれませんぞ(「わからない」けれど)。

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