様子を見る

なにか問題が起こったときは原因を探して(あれが悪い!)
対策をこうじるのが適切だと信じられているが、果たしてそういうものなのか?
いったい事件の原因などあるのだろうか?
善後策などあるのだろうか?
本当のところはなにゆえその事象(事件)が起きたかはわからず、
どうすれば改善(善ってなに?)するのかもわからないのではありますまいか?
悪くなったのは「たまたま」でよくなる可能性も「たまたま」にあるのではないかしら。
どうしてこうなったのかわからないし、
これからどうしたらいいのかもよくわからないから、まあしばらく様子を見よう。
これはもっとも楽な対処法と見るむきもあろうが、じつのところいちばん苦しい。
問題になにもしないのがどれほど苦しいか。
大企業のリストラ部屋は社員になにもさせないというが、
日本人をよくわかっていると感心する。
多くの日本人にとっては仕事中になにもしないことほど苦しいことはない。
なにもしないとは、様子を見るということ。
どうしてこうなったのかわからないこと、どうすればよくなるのかわからないこと。
わからないことを深々とわかっていなければ様子を見ることはできない。
「様子を見る」を言い換えたら、「自然にまかせる」「流れにまかせる」になろうか。
1ヶ月様子を見てきたが、もうしばらく様子を見ようと思う。
へんにあれこれすると逆に事態が悪化することもなくはないのだから。

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