いまを生きる

夢に向かって生きるというということは重要なんですよ。最重要。
しかし、夢というのは将来こと。未来のこと。
日本のサラリーマンの何割が定年後のことを夢見ながらそのまえに死んでしまうか。
いざ現実に定年して、
むかしからの夢(海外旅行等)をしてみたらちっともおもしろくないということもあろう。
夢はとてもたいせつだが、
夢のためにいまを限界まで犠牲にするのがいいかどうかはわからない。
将来の目標(夢)のためにいま苦しんでいる人が
事故や病気で急死することはいくらでもある。
これが不幸と言いたいわけではなく、
あるいはそれがいちばん幸福な生き方かもしれない。
それはそれとして、いまを楽しむという考えも持ったほうがいいのかもしれない。
人間としての幅ができるというか。
今日偶発的に死んだ人は、昨日の段階では明日死ぬことを知らなかったのである。
それが人間の生き方だが、そうでもない生き方に目配りするのも悪くない。
もしかしたら明日死んでしまうかもしれないと考えて、今日をいとおしく思うのはどうだろう。
今日を明日よりも未来よりも夢よりもちょこっと重んじる。
今日も今日、いまもいまお酒をのんでいい気分になるのもそこまで悪くはない。
明日死んでしまうかもしれないのなら、職場の腹が立つ同僚も許せよう。
むしろ、そういう相手がもっともありがたいと悟ることにもなるかもしれない。
うさんくさい悟りではありますでしょうが。
過去のトラウマに生きている人が大勢いらっしゃいますでしょう(わたしふくむ)。
将来の夢のために生きている人もかなりいらっしゃるはず(わたしはどうだか)。
それは人の生き方として非常に「正しい」のではありますが、
いまを生きるという多少快楽的な香りがする背徳的な生き方も
そこまではそこまでは悪いと言い切れるものではないような気も致しますが、
むろんのことなにが「正しい」のかを決めるのは読者諸兄諸姉でございます。

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