「光と影を映す」

「光と影を映す だからドラマはおもしろい」(山田太一/PHP研究所)

→NHKのBSで放送された2時間インタビューの書籍化とのこと。
いったいNHKとPHP研究所、パナソニック、経済上層部、
それから表には出にくい各種宗教業界の裏の関係はどうなっているのだろう。
いまのテレビというのはほぼ利権だから(番組に商品を出したら売れる)、
あれは見れば見るほどうっとりした気分になれる幸福製造機と言ってもいいだろう。
いまは有名人や富裕層の子息しか入れないとも言われるテレビ業界だが、
むかしはそうではなかった。むしろ、映画業界から鼻で笑われていた。
業界の大御所で小林秀雄賞作家、朝日賞作家、
お子さまふたりもおなじ映像業界で華々しく活躍する人格者の著者はこう証言する。
テレビ業界のゴッドファーザーとも言うべき存在のお言葉は重たい。

「テレビ界に入っていったときは、局の人たちが「映画とは違うことをやろう」
という意気込みにあふれていて、ものすごく活気がありました。
局の人といっても、局の生え抜きというより、
映画畑にいた人が引き抜かれたりしていましたね。
しかも、映画みたいに時間がかからずに一本の作品がつくれるから、
少々実験的だったとしても、あまり文句を言われず、
とにかく、みんなが「なんかやれる! なんかやれる!」って、
テレビの可能性を切り開いていった時期だと思いますね」(P16)


いまテレビ局に入るのはブランド目当ての成功者の子どもが多いと聞く。
本人は自力で入社したと思っても、そうとうにコネが働く業界というものがある。
それが悪いというわけではなく、世の中そんなものなのである。
さてさて、そういういまのテレビ局に果たして活気なんてあるものだろうか?
製作した自分たちも軽蔑するようなものを垂れ流しているだけではないか?
そもそも製作さえほとんど外注しているのが現在のテレビかもしれない。
批判しているわけではなく、それが視聴者の求めるものなのだから悪くない。
既得権益で窒息寸前のテレビで
いまさら「なんかやれる!」と思っている人は少ないだろう。
ただし、見かけのうえでおいしい思いはできるだろうから
テレビはラジオのようにはならない。
テレビは永遠に下層の幸福製造機としての意味を持つと予測する。
むかしのテレビに匹敵するのがいまのインターネットである。
山田先生のお言葉を少々書き換えたら――、
「いまのネットはテレビみたいに時間も金もかからず、
口うるさいスポンサーにもあれこれ言われず一本の作品がつくれるから、
少々実験的だったとしても、あまり文句を言われず、
とにかく、みんなが「なんかやれる! なんかやれる!」って、
業界の可能性を切り開いていっている時期だと思いますね」――。

じつのところ、この新刊ははじめてアマゾンで買ってみた。
むかしから新刊は立ち読みしてから買うと決めていたが方針を変えたのである。
おなじシリーズの「井上ひさし」を読んでいたから(このシリーズは内容が薄い!)、
立ち読みしたらその場で30分もかからず読了してしまうことに気づいていたこともある。
リアル本屋でこの本を手に取ったらその場で読んでしまい買わなかっただろう。
むかしアマゾンで古本を買ったときの200円クーポン券を使いたかったので、
生れてはじめて外資のアマゾンから日本の新刊を買うにいたった理由である。
欠品はないし郵送は速いし郵便ポストに入れてくれるので便利。
一度アマゾンを利用したものなら、
近所の小型書店で本を注文したりはしなくなるだろう。
この「一度」が肝心で、しつこいがこの「一度」の習慣を変えさせることに
どの業界も必死になっているのだろう。

むかしの山田太一ドラマを一度でも見たら(好き嫌いはわかれようが)、
さすがにいまのテレビは見(ら)れなくなってしまう。
当方だってそうで、ネットしか知らないで気味悪がっている人もいるでしょうが、
実際に対面してみたらちょっと世の中を舐めたところのある老け顔のおっさんだ。
「一度」の習慣を変えさせるのがどれほど難しいか?
テレビ局といった大企業は
むかしから高学歴者や有名人の子息を優先的に採用してきたから、
慣習を「一度」壊したらすべてがボロボロになってしまいそうで
最初の一歩に踏み出せない。
うちは実名ブログだが、社会上層はネットの匿名性とか無検閲とか怖すぎるでしょう?
いちバイトがたとえ匿名でも知りえた大企業の裏の秘密を公開したら、
株価の関連で日本経済どころか世界経済が瞬間的に動くわけ。
一夜にして大損害やトップ交代、それどころか最悪の倒産もありうる。
書くなと言っても世間を知らないバカバイトは本能的につぶやいてしまうわけだから。
新聞も出版もテレビも検閲できるが、インターネットはいまだ無法地帯である。

いまの時代に山田太一が青年として生きていたら、
絶対にテレビではなくネットに行くような気がする。
いま若僧がテレビの世界に行っても、よほど強烈な支持者がいないとなにもできない。
とはいえ、あまり知られていないが、
山田太一成功の秘密はバックに木下恵介という映画監督がいたことなのだが。
世間はバック(ケツ持ち)が勝負を決めると言ってもいい。
世の中には裏というものがあるが、
著述業者は裏のことは知っても最後までは書かないのが流儀だろう
(書いてもどうせ校閲および編集で消されるのを知っているからみなそもそも書かない)。
テレビライターの山田太一さんは世の中の裏という裏を知り尽くしているだろう。
芸能界なんてヤクザそのままの世界だから山田太一が口を割ったら地獄絵図になる。
みんなの「夢(笑)」が台なしになってしまう。
しかし、山田太一は本当のことは絶対に書かない。秘密は墓場まで持っていく。
オフレコもほとんどやらない。なぜそんな難業ができるのか? 
嘘を書いているからである。
ドラマ、芝居、小説といったかたちで嘘を書いているから山田太一は本当につぶされない。
本当のことでも嘘として書いてしまえば人に迷惑もかけないし社会的制裁も受けない。
以下は世の中の裏表、本当のことを知り尽くした作家のフィクション論だ。

「フィクション、つまり、嘘だから描けるというものがあるんです。
嘘なら殺人でも描ける。本当は自分のことであっても、
「隣の旦那はね」と言うと、話しやすいじゃないですか。
そういうふうに、嘘が必要なんです。
つまり、真実を書いてしまったら身も蓋(ふた)もないのであって、
本当のことを言うために「嘘の装置」が必要なんです。
フィクションは、「モデルはいませんよ。誰のことでもありませんよ」
という前提があるから、孤独な心でも、悪意でも、嫉妬でも、
[大企業の悪事といった社会不正も]かなり立ち入ったところまで描ける」(P126)


大作家の山田太一氏と自分を比較するのは非常に恐縮だが、
わたしも意外と秘密は書いていない。
宗教ネタとか、いろいろやばいことを書いているように見えて秘密は保守しているつもり。
わたしと実際に逢った人は想像以上に(ネットの)口が堅いので驚かれると思う。
かといって本当のことを書いていないかといえばそうではなく、
べつの(嘘とも言われかねない)かたちで知りえた本当のことを書いているつもりだ。
シナリオ・センターのあれは人生で一度しかできない博打(ばくち)だから。
あれは書かなければ気が済まず、社会的に死んでもいいと思って書いた本当のこと。
あんなことを人生で何度もやれるほど体力も精神力もない(と書いたら舐められる?)。
書いたらある企業が大ダメージを受ける秘密などいくらでもあるのである。
そのうちひとつふたつならばわたしでさえ知っているくらいなのだから。
そういう本当のことを書きたくなったら嘘の形式で表現すればいい。
山田太一ドラマが嘘にもかかわらず本当よりもリアリティがあるのは、
こういう事情があるからだろう。
嘘(ドラマ)に書かずにはいられないほど本当のこと(世間の裏)を知ってしまった。
ヤクザなことを言えば血縁が映像業界にいたら、へたなことを言ったら親子共倒れになる。
業界の掟(おきて)を破ったら1%の確率で大変革が起こるが、
99%は一族郎党全滅に終わるのが現実というものだろう。
最近、山田太一先生の息子さんのお顔やらなにやらをネットで知った。
「恥かきっ子」なんて言葉はいまの若い人は知らないだろうが、
業界の大御所の息子さんはわたしのたった2歳上なのである。
無名の当方は76年生まれで、イケメンで業界実績多数の石坂拓郎氏は74年生まれ。
なにもかも負けたと思った。完敗である。
おのれの人生の失敗を深々と思い知らされた。
しかし、そういうマイナス体験も悪くない、
と撮影監督の石坂拓郎氏のお父さまはおっしゃる。
イケメンの業界人を息子として持つ社会的成功者はマイナスもまたいいと言う。
本当のことを知り尽くした有名人が、
名もなき下層民を慰めるためにこういう嘘をおっしゃってくださっていると思うと涙が出る。

「ぼくらは、マイナスなことにずいぶん気持ちを育てられていると思うんですね。
だから、失敗も、それは「一個いただき!」と思ってもいいくらいなんです」(P131)


これは嘘くさいが本当のことだとわたしも人生経験から思う。
失敗は「一個いただき!」というプラスの体験と言えなくもない。
成功したって後にはなんにも残らないわけ。
ミスをすると、ガガーッと人生がわかるようなところがある。
社会勉強とかいうけれど、言い換えたら失敗をするってことでしょう?
社会的大成功者でお子さんも成功させた山田太一氏は、
いまのご自分に満足しておられるのか。
危ない本当とも思えないことを氏は口にしているのである。
破綻のない成功者として老年を終えようとしている国民的ドラマ作家は言う。

「老年になってから、自分がめざしたものを誤解していたとか、
自分がめざしていたものが嫌いだったんだって気がつく人だっている(笑)」(P90)


人は変わるからねえ。
若いころは名声や富、権力にあこがれていても、
老年になったら逆にそういうプラスのものにうんざりすることもあろう。
高級懐石料理なんかよりも若いときの空腹のカツ丼いっぱいのほうがうまいわけでしょう。
有名人になって周囲から本音か追従かわからぬ賞賛をあまたされるよりも、
無名時代に「あなたの書くものはおもしろい」とほめられた感動のほうがよほど深いだろう。
権力なんて持ったら持ったで、実相は人に恨まれる要因と言えなくもない。
権力者がだれかを――たとえば俳優でも――持ち上げたら、
無視されたほうはかならず(抜擢された役者よりも)権力者を執念深く恨むものなのだから。

本屋で立ち読みしていたら、こうまで怨念のこもった感想は書けなかったと思う。
アマゾンで本を買うのもまたいいものである。
本書は20分でも読めそうな薄手ながらじつにいい本であった。
上のほうのお子さまはテレビをつくるがわにまわり、
下のほうのガキンチョはテレビにだまされるがわにまわる。
とはいえ、どちらが幸福かは本当のところわからないのだろう。
いくら当方が実名でメールをしても絶対に返信をくださらない、
ネットでは有名らしい山田太一信者の自称弟子みたいな匿名の老人がいるけれど、
毎日テレビばかり見ているようで彼こそいろいろな意味で幸福な人だと思う。
いつか再会したらお名前と処世術、テレビの見方をうかがいたいと思っている。

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