「物語と科学」

「物語と科学」(河合隼雄/「河合隼雄著作集12」/岩波書店)

→本日まさに人生の大きな(ちっぽけな?)転機を迎えたが、
河合隼雄の言(げん)を借りるならばすべてがアレンジメントされていたとしか思えない。
ここ15年以上のことがすべてアレンジされていたという病的妄想をいだく。
アレンジメントとは、フラワーアレンジメントという言葉で
イメージするのがいちばん日本人にはわかりやすいのでは?
アレンジメント――美しく飾られている、荘厳されている――
配列、配色、手配、準備――第三者(神仏)によるおはからい――
ドラマでいうならば脚色、翻案、ドキュメンタリーでいうならば仕掛け、ヤラセ。
本日手取りにしたら15、6万(詳細不明)の常勤の職を得た。
これだけ読むと、大したことはないでしょう?
うちのブログ読者には当方の2、3倍の手取り収入を得ながら不満顔のものも多いはず。
わたしは今日このアルバイトに採ってもらえて大喜びしたけれども。

河合隼雄は魚を釣ったときの報告で物語論をわかりやすく解説する。
「海へ行きました。体長23センチのタイを釣りました」
これは事実には違いないが、まったく人のこころを動かす報告ではない。
それがこういったらどうなるか。
「もう年中暇なし、1ヶ月ぶりの休み。その日は絶対釣りに行くんだと決めていた。
そうしたら天気予報は大雨。泣く泣く当日を迎えたら、これがどうしたことか快晴。
魚? 釣れたよ。こーんなに大きな(手で示す)タイが釣れた」
これはおなじ事実を報告していても、人のこころを揺り動かすわけでしょう?
物語学者の河合隼雄は、このような形式で事実と真実の相違を説明している。
一部、読者さまの便宜のためにわかりやすく改変したが、
物語とはそういうものだという実践をしたまでだ。
上記のわが説明のほうがわかりやすいという気もするが、
物語学者の河合隼雄先生の証文も引いておこう。

「……私はよく言うのですが、私は釣りが趣味でものすごい大きな魚を釣った。
体長何センチの魚を釣ったという事実ではなく、私の心のなかの感動を語りたい、
私の気持を語りたいという場合に、
魚の長さをどのくらいに表現するかは非常にむずかしいことです。
「海へ行きまして、体長二三センチの鯛を釣りました」と言えば、
「ああ、そうですか」と終わりになります。
ところが「こんなん釣った」とか、ちょっと手で示した幅を動かしたりすると、
向こうの心もそれにつれて動いてきて、
おれも釣りに行こうかとその人が思ったりする。
ただし、このぐらいの魚を釣って、とあまり大きすぎる話をすると、
相手は「かたられた」ということがわかってきます。
その場合は「だまし」になりますね。
つまり「語り」にはつねに「だまし」がどこかに入り込んでいるところがおもしろいのです」(P10)


事実報告は数字的実証的なものもあるけれど、
「語り」や「だまし」になることも少なくはない。
わたしは個人的に仏教を独学してすべては嘘ではないかという気がしている。
とはいえ、現実社会を生きるうえではやはり本当か嘘かは見分けられたほうがいい。
天才的なうそつきの河合隼雄は本当と嘘の見分け方をこう教えている。
詐欺師が教える秘伝テクニックのようなものだから、
これはあるいは正真正銘の本当かもしれない。
ぶっちゃけ、こんなことを読者に無料で教えるブログなんてほかにないと思う。
まあ、わたしも他人からいろいろ無料でお世話になっているから、
ぜーんぜんもったいなくない。

「その人が言うことが本当か嘘かをどうして見分けるかはむずかしいですが、
ある程度見分ける方法があります。
それは一対一で聞くと、本当に体験した人のほうが何か迫力があります。
腹にずっしり応えるものがあります。
つくり話のほうは、そこいらで見てきたようなことを言うので、あまり腹に応えてこない。
そういうことが言えるのではないかと思います」(P117)


そうだとしたら、もし河合隼雄のいうことが「正しい」のならば、こういうことがいえる。
嘘でも本当のことを書くことができる。
いまはコンプライアンス(法令順守)やプライバシーの問題があって、
なかなか本当のことはおおやけには表立って書けないでしょう?
いや、明日死んでもいいと思えば、いくらでも本当のことを書けるが、
みながみなそういう無鉄砲な人種ではない。
やはりお世話になった人にご迷惑をかけるようなことはできない。
そういうことは黙して語らずでいいのか? いな、嘘で書けばいい。
嘘のかたちで書いたとしても、
それが本当に裏打ちされているならば読者はそこにかならず真実を読み取ってくださる。
事実そのままではないのだろうが、これは作者の本当の体験が入っていると通じる。
この意味において「本の山」は嘘ばかりだが(ごめんなさい)、
本当に本当のことを書いているという自負もなくはない。

河合隼雄はユング研究所の卒業試験でノートを忘れたことに気づく。
試験官は大嫌いな女性分析家のJ女史でノートそのままに答えようと思っていた。
どうしてノートを忘れたのか河合隼雄は考えるようなことをしない。ただ感じる。
「これは何か意味のあることが起こるぞという予感のようなもの」をいだく。
案の定、卒業試験では試験官のJ女史と大喧嘩をしてしまう。
女史のみならず周囲もふたりを円満に解決させようと尽力したが、どうにもならなかった。
弟子であるはずの河合は師匠身分のJ女史に逆らいつづける。
河合を合格にするか落第にするかで上もだいぶもめたらしい。
中年以降の河合教授は計算高く、だれとも喧嘩をしなかったが、
ユング研究所の資格を得られなかったらなにものでもない無名の河合青年は異なる。

「自分は自分としての生き方があるので、それを認めるのではなく、
単なるお情けで資格を呉(く)れるなら、そんな資格は要らない、と言った」(P206)


生意気な自信はあるが、わたしが河合青年だったら折れていたかもしれない。
当時海外留学を1年のばすといったら日本円にしていくらかかったのか。
河合には妻子もいたし、そもそも上に逆らったら研究所から追放されかねない。
結局、どうなったか。ユング研究所が折れたのである。
敗戦国で島国の無名のカワイという青年の主張もまた「正しい」ことを認めた。
最後にJ女史と河合隼雄は和解したという。
河合隼雄の卒業記念パーティーにJ女史からこころのこもった贈る言葉が届いた。
河合はこれらすべてがなにものかに巧妙に仕組まれたものではないかと思う。
すべてのことがあまりにもうまく「出来ている」からだ。
河合はユング研究所の恩師にこのことを報告する。
師はいう。「まったくうまく出来ているね」
「ところで、そのすべてをアレンジしたのはだれなんだろう」
「私でもないしおまえでもない。
ましてJでもなく研究所が仕組んだものでもない」
河合が答えられないと、先生は自問するかのように繰り返した。
「いったいこれをアレンジしたのはだれなんだろう」
ふたりは無言で微笑しあった。

「これに何と答えるかはあまり重要でないかも知れない。
大切なことはこのようなアレンジメントが存在すること。
そして、それにかかわった人たちがアレンジするものとしてではなく、
渦中のなかで精一杯自己を主張し、正直に行動することによってのみ、
そこにひとつのアレンジメントが構成され、
その「意味」を行為を通じて把握し得るということであろう。
このことを体験に根ざして知ることが、
分析家になるための条件のひとつででもあったのであろう」(P208)


どうして日本からの留学生、河合青年がその日にノートを忘れたのかはわからない。
いったいどういうわけであれだけ調子のよい八方美人的な河合隼雄が
卒業検定で上と大喧嘩したかもわからない。
だれにもわからないけれども、本人になら少しばかりわかっていることがある。
河合隼雄は西洋帰りのハイカラ学者のようにカタカナは偉いとは言っていないことだ。
ほうれと水戸黄門のように
カントやニーチェ、アドラー、ラカンという印籠を差し出したわけではない。

「ところで、一九六五年にスイスより帰国以来、
私はもっぱら日本人としての自分の生き方、
およびクライエントの人たちのそれにかかわってきて、
なかば意図的に外国との接触を断ってきた。
ユングの述べたことを「正しい」こととして日本人に適用するのではなく、
ユングが生きたように、自分の無意識を大切にし、
それとの関係から生まれてくる自分の物語を生きようとしたのである」(ix)


かりに卒業検定で河合がユングという当時の西欧権威に負けていたら、
氏はユングの教説を絶対正義のように日本で説いたことだろう。
河合隼雄が八方美人をやらなかったら、日本文化はどれほど破壊されていたか。
しかし、これをアレンジメントしたのはだれかはわからない。
小さな近所のアルバイトにひとつ受かったくらいだが、
今日アレンジメントということを強く感じた。
あのときあの人と逢っていなかったら、
こうなっていなかったという裏側に恐怖さえおぼえる。
去年大好きな書籍倉庫バイトで古株のおじさまパートを当方の不手際から怒らせ、
胸倉をつかまれるようなことがあった。
これはいったいどういうアレンジメントなんだろうと河合隼雄信者は当時思った。
そのおかげで派遣放浪に出ることができ、
遺品整理屋というレアな仕事をしている人とわずかながら対話をすることができた。
小売業界の裏側ようなものも垣間見ることができた。
そのときの派遣仲間からは書物ではわからぬことをいろいろ教えていただいた。
あのときのスギさんはわたしの師匠といってよい(あっちは認めないだろうが)。

その後もなにかにアレンジメントされたかのように、
本人は「ゴミ屋」と自嘲していたが、
派遣先で廃棄物産廃業者のかたと対話して学んだことも多い。
そして今日また新たな転機があったわけだが、
いったいこれらをアレンジしたのはだれなのだろう?
むかしは日蓮系巨大団体を疑ったこともあったが、それも少しはあろうが、
この偶然の荘厳な配列を考えるとかならずしもそればかりではないはずである。
病的妄想に近いが、逢う人、別れる人すべてが
アレンジメントされているような気がしてならない。
人生は自力でもなく他力でもなく、いや自力でもあり他力でもあり、
結局のところアレンジメントというカタカナがかなり本当に近いのかもしれない。
恋愛や結婚にあこがれている人も少なからずいようが、
アレンジメントを考えてみるのも一興だろう。
どうしてこんなやつを好きになっちゃったの? というのはアレンジメント。
出逢いのないことに悩んでも仕方もなく、それはアレンジメント。
そういうさみしい人のまえにいきなり魅力ある異性が現われることもあるが、
それもまたアレンジメントというほかなく、自力とも他力ともいえようが、
「正しい」表現をしようと思ったらアレンジメント。
恋愛のアレンジメントは強烈だが、別れるときにそのぶん苦しむのかもしれない。
河合隼雄は女性クライエント(相談者)からもてただろうけれど、
感情転移だと理解していたから嬉しいどころか迷惑さえ感じていた可能性がある。
それでも河合隼雄は恋愛を否定していない。

「事実、皆さんは自分の体験を思い出していただくとわかりますが、
異性の誰かを好きになった場合には、確かに全く普通と違う感じになりますね。
あの人に会えると思うと、二時間や三時間ぐらい待っていてもいいとか、
あるいはあの人がにっこり笑うかもしれないと思えば、
いままで嫌いだった数学でもやってみようとか、そういうことが起こると思います。
高等学校のときに、いままで歴史が嫌いだったけれども、
ハンサムな先生が出てきた途端に歴史ばかり勉強したとか、
つまりその人が喜ぶということが自分にとってすごい感動を与えるわけです。
そして、自分でも途方もないことをようやったなというほどやったときというのは、
大体恋愛のときだと思われませんか」(P143)


河合隼雄は書いていないが、恋愛というのは両想いではなく片想いでもいいのである。
いったい幾人の女性クライエントが河合隼雄に片想いをして治っていったことか。
何人の男性クライエントが実績もない若い女性カウンセラーに恋をして発奮したことか。
本当のことを書くと、恋愛的要素はカウンセリングには不可欠だが、
どちらがいいのかはわからないということである。
クライエントはカウンセラーに片想いをしたほうが先生のためにがんばろうとなろう。
しかし、カウンセラーに恋をしてしまうと、ある段階で自分から回復を止めてしまう。
なぜなら完全に治ってしまったら、
もう片想い相手のカウンセラーに逢いに行けないからである。
じつのところ、河合隼雄にはヤブ疑惑がある。5年も10年も治らない患者が大勢いた。
それがいいのかよくないのかわからないのである。
河合隼雄くらいの有名人なら、客(相談者)の回転を速くしたいだろう(予約待ち行列)。
しかし、町の開業カウンセラーの場合、あまり早く治られると商売にならない。
河合隼雄も書いているが、たまに一発で治るクライエントもいるらしい。
そういう奇跡が起こることもなくはない。
異性に恋をしてその勢いで行動化して(いわゆる治癒にいたり)、
そのこと(片想い)を理解したうえで、
相手の迷惑を考えうまく異性から離れるクライエントは天才だろう。
こうなったらカウンセラーが天才なのかクライエントが天才なのか、
もうなにがなんだかわからない。
わたしは河合隼雄は好きだが、カウンセラーにかかったことも逢ったことも一度もない。
カウンセラーの真似事をできるともさらさら思っていない。
ただし一瞬の恋心を瞬発力にしてポンと浮かび上がることはありうるような気がする。
まあ、われわれにそういうことがあるかどうかはアレンジメントしだいだろう。
河合が日本の師匠と尊敬する明恵上人の好きだった言葉、
「あるべきようは?」の意味は「アレンジメントはどうなっているか?」だと思う。

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