「「昔はワルだった」と自慢するバカ」」

「「昔はワルだった」と自慢するバカ」」(小谷野敦/ベスト新書)

→ワルっていうのは持って生まれた才能のようなものだと思う。
平気でワルをできるモラルの壊れたテンネンの人とかすごくねえ?
権威あるシナリオ・センターの講師をブログでボロクソに書く早稲田のやつとか、
自分を慕っている愛読者夫婦をモデルに私小説を書いて満天下に恥をかかせる、
もてるくせに「もてない男」のふりをする東大卒の愛煙家とかさあ。
自分はワルではないと思ってナチュラルにワルができる人ってすげえなあ。
それに比べたら「昔はワルだった」なんて反省できる人は、
まだまっとうな善悪観念を失っていないから本当のワルの足元にもおよばない。
「もてない男」の著者は哲学者の中島義道氏が「もてる男」だと知り嫌いになる。
「もてない男」小谷野敦氏による「もてる男」中島義道氏の分析がおもしろい。

「七人の女性から求愛・求婚されたというのも、
中島が女性嫌悪者だったからだと、私は思う。
というのは、日本の女は多く女性嫌悪者であって、
やはり女性嫌悪者である三島由紀夫に、女の読者が多いのも、そのせいである。
女は、女好きの男を嫌うし、母親と仲のいい男を嫌う。
だから、母親を嫌っている中島は、もてたのである」(P81)


この説が「正しい」ならば逆もまた真なのかどうかは、
論理学を勉強したことがないのでわからないけれど、いちおう書いてみよう。
小谷野が七人の女性から求愛・求婚されたことがないのは、
彼が女性嫌悪者ではないからである。
小谷野が三島由紀夫を嫌いなのは、三島が女性嫌悪者のせいだ。
女性嫌悪者ではないから小谷野に女の読者は少ない。
女は、女好きの男を嫌うし、母親と仲のいい男を嫌う。
だから、母親が大好きだった小谷野は、もてなかったのである。
以上は「正しい」のかなあ、どうなのかなあ。

経験から言うと、「もてる男」って男から見てもいいやつが多いよねえ。
「もてる男」なんて表面がいいだけだろうと「もてない男」は思いたいけれど、
接してみると「もてる男」は内面も「もてる男」がゆえにひねくれておらず、よい。
「もてない男」は「もてない男」ゆえに外見同様、内面も汚らしいという。
中島義道さんとかワルどころか、絶対にだれかさんよりもいい人だもん。
中島さんとか障害者を目にしただけで申し訳なくなって涙にむせぶこともあるんしょ?
なにより反省するってことを知っていそうだしね。
自分はワルかどうかなんて反省もしないのが本物のワルで、
本物は本物だから「昔もいまも自分はワルではない」と正面切って言えるのである。
誤解されると困るが小谷野さんはワルなどという範疇におさまる小物ではない。
小谷野と名前は「小」がついているが大コヤノである。
先生はモノホンでいらっしゃるのである。

「実のところ、私は人が死ぬのを望むのを悪いことだとは思っていない。(……)
私は、自分が恨みをもっている者はもちろん、老いてなお権力を握り続けるような人は、
早く死なないかなあと思っているのだが、善人に限って早死にするのである」(P127)


あれ、小谷野さんってもう死んでいたっけ?
くれぐれも健康診断を怠らないでください、
とひとかけらもワルの部分がない小谷野先生のご健康を心配してしまう。
それにしても痛快な本音でまったく同感する。早く死ねっていうやつが多すぎ。
自殺は利他行為という以下のご発言も間違っていない。

「個人だってそうであって、もしあくまで利他的に振舞おうとしたら、
死ぬのが一番ということになってしまう。
大学受験に受かったら、その分落ちた人がいるし、
何かの職を得たら、やはりその分職を失っている人がいるわけである」(P128)


ひとつの勝利(成功)は無数の敗北のうえに成り立っているのだから(高校野球!)、
人生で大勝利をおさめた人というのは大勢を泣かせたワルなのかもしれない。
大勝利した人にかぎって、なかなか死なないんだよなあ。
人生で大敗北した人は、それだけ多くの人を勝利させたのだからワルではない。
小谷野師匠のご本はいろいろ考えさせられ勉強になる。
もうすぐ、ちくま新書から師匠の最新刊「宗教に関心がなければいけないのか」が出る。
あのときのメールで住所を書いていたら献本してもらえたのかなあ。
世の中そんなに甘くはないか。

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03/07 16:50
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