ミス見ずミス見る

休みの今日も丸一日、
日蓮大聖人の「佐渡御書」「種種御振舞御書」を繰り返し読んでいた。
なんのために読むかといったら、ブログに感想を書くためである。
これが自分のためか他人のためかはわからない。
お金にならないのに自分のために書くというのもおかしいだろうし、
数人くらいは読んでくださる人もおられるだろうから他人のためというのも嘘ではなかろう。
全力を尽くしても無理なことってあるんだなあ。
とはいえ、感想を書けないことがプラスかマイナスかもわからない。
日蓮大聖人関係はあれでやばいから、
うっかりたまたま目にしたドライバーさんが不安にかられて人身事故を起こしたら、
むしろそのほうがはるかに大問題で、
かえってブログ記事など書かないほうがよかったことになる。
日蓮御書を読むと、わが人生の問題と深いかかわりがあることに気づく。
「正しい」っていったいどういうことだろう?
参ったことに今日さあ、日蓮のミスを発見してしまった。
わたしは日蓮みたいに他人のミスを指摘して、
おのれが「正しい」ことを誇るのはどうしてだか恥ずかしいと思ってしまう。
おそらく、ミスばかりの人生だからだろう。ミスだらけ。ミスミスミス。
若いミスに囲まれたいなあ。
よしんば、テレビドラマ「スチュワーデス物語」の風間杜夫のように若いミスに囲まれても、
ドジでノロマなカメを選んでしまうのが男というものかもしれない。
人って相手の不完全なところを好きになるような気がしてならない。
仕事も家事も完璧な高学歴の美女なんて愛せないのが男では?
女もさあ、仕事も家事もできない、
ろくに人の目を見て話せないようなぼくのような男の価値に気づかないかなあ。
ダメなところがいいんだよ。そのダメな部分のよさが見えるのはあなただけって話で。
女嫌いなところがありますが、女性から尽くされるのは嫌いではない。
そういえば、日蓮大聖人も男のために命を捨てるのこそ女性の正しき姿と、
記憶はあいまいだが、そのようなことを恐れ多くも拝読した気がしている。

「スチュワーデス物語」↓

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