間違いの喜劇

シェイクスピアに「間違いの喜劇」という作品がある。
考えてみたら、劇というのは間違えることから生じているところがある。
むかしから劇が好きで、そのころは(いまも?)権威主義だったので、
シェイクスピアやギリシア悲劇を全作品ひまにまかせて読んだものである。
どうしてかわからないが、戯曲(芝居の台本)も山のように読んでいる。
単におもしろいものを読みたかっただけなのだが。
小説もいいけれど、戯曲のほうがおもしろいと長らく思っていた。
(そういえば最近、戯曲を読まなくなったなあ)
こういうわたしは劇的存在なのだろう。
劇的存在というと格好いいが(そうかしら?)、間違える天才のようなところがある。
よく間違えるんだなあ。今日も危なかった。
乗換駅で反対方面の電車に乗ってしまい、到着時間がギリギリになってしまった。

間違う、間が違う、とは空気が読めないということなのだろう。
でもさ、たしかにミスはいけないが間違いもまた笑えるでしょう?
わたしなんかパンダみたいなものだから、つまり希少動物なんだから、
もう笑って許してよって思うしかなく。
今年バイトを辞めた大好きだった書籍倉庫でも最初は最高記録(?)の
ミスをつくったような気もするけれど(わからないけれど)、
最後のほうは少々まともになっていたから、
もう知的障害者枠のようなものだと思って、そこはあきらめて、やれやれと。
ちょっとつぐないをできたかなと思ったのは、
今日帰宅したのは0時半とわたしがいちばん遅いのではないか。
帰りの電車賃がかかったのも当方だけだろうがあえて請求するつもりもないし。
おしゃべりタイムがあって楽しかったしなあ(←なんて書くのが空気が読めない証拠)。

けどさ、でもね、駅を降りてマルエツに入ったら
いつになくめずらしくレジ店員がおしゃべりをしていたけれど、
不愉快どころかかえって客のこちらもいい気分になったけれどな。
苦役のように押し黙って労働している人を見るより、接客業では(以外も?)
ひまなときは店員同士がおしゃべりしているくらいでもいいのでは?
見えないちからに動かされて、恒例のセブンイレブンチェックもしてしまった。
このブログに書いていることは間違いだらけだから。
消えたと書いていた「あじ南蛮漬け」がしっかりとあった。
在庫があれば礼儀上買ったが、売れ切れていたので購入せず。
代わりにここ10年(15年?)くらい食べたことのないコンビニ弁当を買ってしまった。
コンビニ弁当は高くてまずいというわたしの感覚が間違っているかもしれないわけだから。
いま思い出した。最後に買ったコンビニ弁当はエーエムピーエムの「とれたてキッチン」で、
だとしたら10年食べていないというのは大げさで6、7年くらいだろう。
いまもいま調べてみてエーエムピーエムが4年まえに消滅していたことを知る。
わたしが好きなものは消えてしまうという不思議な法則が、ここでもか!
今日も予備のために買ってしまったセブンイレブンの
「金のビーフカレー」もやばいかもですぞ、あはっ。
なくなるまえに味わえ、みなのもの♪
ただし、あなたがあれを高いと思ったりまずいと思っても、
それは間違いではなく絶対に「正しい」。
結局、「正しい」ことというのは、それぞれが心中で「正しい」と思ったことなのだから。

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