父と子

昨日また父と会った。
以前の話だが「おれが創価学会に入ったらどう思う?」と聞いたら、
「うーん、それもいいんじゃないかな」とのたまった父である。
いま某派遣会社からご厚情でお給料のいい仕事を紹介してもらい、
年末年始は逢えないからという報告も兼ねて巣鴨で久々の対面。
わたしはじつの母親から目のまえで飛び降り自殺をされた人間だが、
そうそう、それはそういうことで、
しつこいが、そうそう、その母親をかつて愛した父親がいたがゆえに、
わたしのような変人(?←そうでもないという意見あり)が生まれたわけだ。
母が死んでから15年、父とも激闘史がわんさかあるが(数年逢わなかったことも)、
いまのいまはとりあえず落ち着いている。

いま父は要介護状態とかになっていないわけで、
そういうひどい状態の人のことを聞くと我が身の運のよさをなにものかに感謝したくなる。
一流会社を辞めて親を介護してる人もなかにはいるんっしょ?
そういう人生も死ぬまえに振り返ったら、
それはそれでかならずや味があるものになるに違いないが。
1ヶ月限定の派遣バイトだが、就職祝いとかいって昨日も父にご馳走になったしね。
あん肝や馬刺しは本当に久しぶりに食った。
「恩は二倍にして返せ」は世間をのしていくための常識とも聞くが、
原則として家族関係だけはこれが当てはまらないとも言える。
それは家族によって異なり、
いろいろきょうだいや家族で恩をめぐって争うものもいるだろうし、
またそれも味があってあとあとから考えたらいいのだろうが。

べつに罪悪感などさらさらないが、もし他人がわたしなら父に悪いと思うのかな。
貧乏人出身のくせに(いやそれだからか)、
やたら金をかけられて育てられた記憶がある。
3歳からバイオリンに通わされ、
8歳(だったか←記憶不鮮明)からは代々木の英才教育研究所に行かされている。
いったい親はわたしなんかになにを期待していたんだろうなあ。
昨日はじめて父がワタミオーナーの講演会に行ったことがあるという話を聞いた。
先ごろ自死遺族と和解した渡邉美樹さんである。
ブログ読者さまはご推察してくれるでしょうが、
わたしは渡邉美樹ほど嫌いな有名人はいなかったが、
このたびの自死遺族への謝罪で彼もなかなかの人物だと見直し感激したものである。
本当のことをいえば、自殺の原因などだれにもわからないのに、あそこまで謝罪するかと。
以前はワタミを崇拝(?)していた父は正反対である。
まあ、細々とながらおなじ業界に身を置いているからだろうか。
「あれではもうワタミは終わり。倒産するかも」と読売新聞愛読者は言っていた。
父と子というのは、概してこう意見が正反対になり衝突するものなのだろう。

わたしは人生はどちらかといえば運や偶然のほうが強いと思っているほうだが、
父はガチガチの努力信仰派閥の一員だし。
父が読んでいた読売新聞夕刊をもらい読んでみたが、
感想は、おいこれは聖教新聞かよ、である。
15年も新聞を読んでいないと、その大衆操作的うさんくささにげんなりする。

――なんか妙に働きたくなったのでクリスマスも年末年始もぜんぶ働くから。
そう言ったら努力礼賛派の父は、ううむとうなった。
考えてみたら、年末年始は家族と逢うというのもくだらない世間常識と言えなくもない。
今年はクリスマスも大晦日、正月三賀日も働きたい。
わたしなんかにお声をかけてくださった派遣会社さまへの恩義のためである。
基本的に数をかぞえるような作業はうまくないし早くもない。
ああいうのってうまい人はうまくて絶対にミスをしない人とかいるのだから恐ろしい。
昨日派遣仕事の説明会で言われたが「能力差」の問題というやつである。
それほどその手の能力は高くないのに、
お声をかけてくださった派遣会社さまには心底から感謝している。
そこの職場はまえにも行ったことがあり、お若いバイトリーダーさんと久々に再会した。
とても人柄のいい方である。
たまたま児童養護施設(孤児院)出身ということを耳にして、
彼に比べたら親がちゃんといるのに、このだらしない自分はいかん、いかん。
たいそう我が身を恥じたものである。
クリスマスも正月も嫌いだから、そういうときに働けるのは嬉しいなあ。
そもそも仕事をもらえる時点で大感謝なんだよね。
むかし時給850円職場で、
大好きだった60間近の小柄な男性からそう言われたとき(仕事があるだけで幸せ)、
この人は哲人だと思ってひそかに尊敬したことがある。

うふふ、クリスマス、正月ぜんぶOKのシフトを出したけれど、
もしかしたら落とされちゃったりするのかもしれないけれどさ。
本当にわたしにはクリスマスも正月も存在しないのだが。
2016年は大きな変化があるような気がしてならない。
父はあれな人だから、たぶんわたしより長生きするだろう。
こちらは東京オリンピックを見ないで終わってもいいが(社会的関心がない)、
父は見るなといっても見ることだろう(読売新聞愛読者)。

COMMENT

. URL @
12/17 13:23
. 常識人としての土屋顕史の顔がよく表れたエントリ。「聖教新聞」という言葉を否定的な意味で使う人は創価学会に入らない方がいいだろう。

創価学会の内幕の暴露本でも書こうとしているなら話は別だが。
Yonda? URL @
12/17 19:24
名無しさんへ. 

なにが「正しい」のかわからないわたしは
人に助言するのは控えていますが、
まあ人それぞれなんでしょうな。








 

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