「人恋しい雨の夜に」

「人恋しい雨の夜に」(浅田次郎【選】日本ペンクラブ【編】/光文社文庫)

→年々小説を読まなくなってきているような気がする。
ハズレを読みたくないから、
こういう直木賞作家によるアンソロジー(名作選)に期待してしまう。
アンソロジーといえば文春文庫の「アンソロジー人間の情景」をバラで買い集めて、
とうとう全8巻コンプリートすることができたので来年が楽しみ。
もう当方の知的キャパシティーの限界まで本を読んでいるという自覚もあって、
これ以上読書することはないんじゃないかという気もするけれど、
まだまだ読みたい本は山のようにあるというこの矛盾が人間ってもんさなあ。
しかし、働きたいという気持も強く、つくづくいちばん大事なのは時間であると。
働く楽しみというのは、いろいろな人とわずかでも触れ合うことである。
適度に働いているほうが小説をより深くおもしろく読むことができるような気がしている。
火曜日にまた派遣登録に行くけれど、近場のあそこに紹介してくれないかなあ。
朝起きて本を読んで昼から夜まで働く。
小説はひとりで読む孤独な行為なんだよね。
いい小説というのは気持が優しくなるものとも、生き生きしてくるものともいえる。
読んだあとに人に微笑を浮かばせるようなものがいい小説なのだと思う。
そして、偽善くさいことをいうと、人間の微笑はどんないい小説よりも
人を救うところがあるし、人をいい気持にさせるように思う。
今年はあんまりいい小説は読めなかったけれど、いい微笑にはいっぱい出逢ったなあ。
かつて明治時代だったか、ハーンという西洋人が日本に来て驚いたという。
なににかというと日本人の微笑の好ましさ。

「外人は、日本人の顔が概して嬉しそうににこにこしている特徴に、
気づかないはずがない。
そして、この第一印象はたいていの場合、たいへん気持のよいものである。
日本人の微笑は、最初は人の心をうっとりさせる」(P173)


いまはむかしに比べたら、しかめっ面をしている人が多いのかもしれないけれど、
それでも日本人の微笑はまだまだ魅力があるって同国人ながら思うもの。
ゆったりとした微笑っていいもんだよねえ。
どうしようもない世界をどうしようもなくあなたもわたしも生きているんだよねえ、
というそこからくる共感の微笑とでもいったらいいのか。
タイは微笑みの国といわれてファンも多いだろうが、
東南アジアの人の笑顔もまたすばらしい。
どうして人の微笑って人をうっとりさせるほど気持よくするんだろう。
男女ともにベトナム人の微笑もまたすばらしい。
ベトナム人の男の子や女の子って、
どうしてあんなにいい笑顔ができるのかって不思議になるくらいだもの。
いま生きていることの喜びが自然に顔に出たような微笑は本当にいい。
人が人にできる最高の親切は微笑じゃないか、なんていってしまいたいくらい。

ハーンの書いている、
仏像の菩薩(ぼさつ)というのは人間の微笑から生まれたというのはよくわかる。
仏教には人間の心を分類する考え方があって、
地獄、餓鬼、畜生、修羅、菩薩、仏とかラベリングされている。
そこでは仏のほうが菩薩よりも上位に位置しているけれど、
悟り澄ました仏の顔なんかより、よっぽど菩薩の微笑のほうがいいと思うなあ。
菩薩になりたかったら修行したりお経を読んだりするよりも、
いま生きていることの楽しさを微笑で表現してみることなのだろう。
「俺は偉いぞ」なんて最上位の仏を目指すより、
あえて一段落ちて、あえて人にゆずって、
勝つよりも負けて、菩薩でいいと明(あき)らめるところから微笑が生じる。
最上位の仏を目指すのが使命だとか思っているとなかなか微笑は出てこない。
これでいいんだ。いまのこのわたしでいい。それが菩薩の微笑だろう。
最上位、最高位の仏になって下を見下す大勝利の笑顔って、
見ようによっては菩薩の微笑よりも色彩に劣るような気がしてならない。
仏にならなくてもいいんだ。菩薩でいいんだ。微笑を浮かべたら菩薩になれる。
世界を革命しようとしたり、
人間境涯を仏にすべく革命しようと粉骨砕身する前進姿勢は怖い顔になると思う。
仏になるのは明(あき)らめて菩薩たるをよしとする微笑にはうっとりさせられる。
ハーンが言っている。

「仏教美術の起源がどんなに日本の国土に無関係であっても、
日本人の微笑は菩薩の微笑とおなじ概念――すなわち、
克己と自己抑制とから生まれる幸福を表わしている」(P184)


そこまでがむしゃらに上を目指さなくても、いまのままで十分幸福ではないか。
未来の勝利を目指すよりも、
いまある幸福に気づくほうが深い喜びにつながるのではないか。
いまあるこの「ありふれた奇跡」のような幸福に思いをおよぼすことができたら、
きっと自然に微笑が生まれてくることだろう。
その菩薩の微笑は仏の正しい教説(指導)よりも人を幸せにすることだろう。
そういえば今年は菩薩鑑賞の紅葉ハイキングには行かなかったが、
いっぱい人間の菩薩のような微笑とめぐりあったから悔いはない。
ベトナム人の女の子Gさんの微笑ほど気持のいい笑みをわたしは知らない。
もう一生逢うことはないだろうけれど、心底から幸福になってほしいと思う。
他人に対してそのように思えることが微笑の発端なのかもしれない。

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COMMENT

- URL @
12/16 23:59
. よんださんの心が澄んでいる証拠ですね。微笑に心が動くなんて。素敵な記事ありがとうございます。運転中の出会い頭、わずかなアイコンタクトと笑み。
たったそれだけで一日気分が良かったことを思い出しました。
不穏な世の中だから、私も顔施に励みます。いつも楽しい記事ありがとうございます。あなたのファンです。
Yonda? URL @
12/17 19:22
名無しさんへ. 

ファンなら友だちになってください――
とか孤独な人ならいいそうですけれど、
友人ってお互いを拘束しあうものですし、
けっこうめんどうくさい面もありますから、
ファンくらいのほうがいいのかもしれません。
恋人関係とかプラスですけれど、
マイナスでもありますもんね。








 

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