「老いへの不安」

「老いへの不安 齢を取りそこねる人たち」(春日武彦/朝日新聞出版)

→精神科医の春日武彦さんは、びくびくしながらマンネリでいい、
マンネリの惰性でいいから、それでいいから、もうなんでもいいから、
破綻することなく世をうまく逃げ切りたいと日々思っているんだろうなあ。
普通から逸脱することを異常なほど恐れているという意味で極めて正常な人である。
春日先生のお写真をじっくり何度も何度もできたら視線恐怖を与えてやりたいくらい、
何度も何度も熟視したことがあるけれど、医師は実年齢よりも20才くらい若く見える。
好物は野菜炒めで趣味は散歩と小説読書。
健康に悪いことはなにひとつしていないから、あの若々しさをお保ちでいられるのだろう。
人一倍、死を恐れているのが春日武彦である。
それは発狂を恐れていると同義なのが本書でよくわかる。
これほど発狂する瞬間をうまく言葉にできる人をわたしは知らない。
人生は惰性の連続でいい。マンネリにこそあとから見たら深い味を感じ得る。

「日々の惰性がストップしたとき、そこに出現するのは異形(いぎょう)の現実である。
精神的にショックを受けたとき、生活の根幹を揺るがせる事態に直面したとき、
世界は親しみやすさを失う。当たり前の世の中が、
よそよそしく違和感に満ちたものとして迫ってくる。
我々は孤独感と不安とに襲われる。それこそ実存的な風景とでも称すべきか。
おそらく死とはこのような感覚の究極としてあるのではないか
と予感したくなるような風景に向き合うことになるだろう」(P10)


マンネリでいい。惰性でよろしい。おなじことの繰り返しで悪いもんか。
しかし、それはそうではあるのだけれども――。
若々しい著者と異なり、こちらは老けて見られることが多い。
派遣先である女性から「おじいさんみたい」と言われたことがある。
たぶん精神年齢は本書執筆時に58歳だったという春日先生より老いている。
先生より成熟していると言いたいわけではなく、
ただただ枯れ木のように老いている。
このため、58歳の春日氏の文章がわがことのようにわかるのかもしれない。

「歳を経るにしたがって、何もかもが億劫になってくる。面倒になってくる。
生きているのも面倒になって、その挙げ句、
いつの間にか世の中から拭い去るように消え失せているというのが、
実はもっとも自然な人間の在り方なのかもしれない、などと思うことがある」(P38)


そういう孤独な老人のひとりを描いたのが富岡多惠子の短編「立ち切れ」だという。
70歳を過ぎ妻とも死別し、
生活保護をもらいながら生きる老人の鬱屈をうまく描いている、
と精神科医は評価する。
小説の老人は噺家(はなしか)として真打ちにもなった人物だが、
脚光を浴びているときから虚無感があり、いまは寂寥とした世界を生きている。
ある日、ドブ川で子どもの水死体が発見されたところに行きあう。
老人は号泣しながら愛児のなきがらを抱える母親を見て、
ぼんやりとしながら、しかし冷静に記憶をさかのぼる。
そういえば、あの女と似た顔をした人と自分は逢ったことがある気がするけれど、
はて、あれはだれだったろう。
老人はまったく動じることなく、むしろ食い入るように悲劇に遭遇した母子を見続ける。
精神科医の春日武彦先生はこの老人をとても高く評価する。
ちなみにこの本が朝日新聞出版から出たのは東日本大震災直後だが、
よくもまあ幸運にも朝日新聞読者層からヒステリックにたたかれなかったと感心する。
春日先生は物書きとしても一流なのだが、あんがい読まれていないのかもしれない。
春日氏は他人の不幸を見て、さらさら同情しない老人を称賛する。

「ああ、いいなあと思う、正直で。
ドブ川から死んだ子供がひきあげられていたら、
わたしだって、死体も母親もじっくり観察してしまうだろう。
おざなりの同情なんてする気もない。
いくら何でもざまあ見ろとは思わないが、
ああいったことはいくらでもあり得るのだから、
貧乏籤(びんびうくじ)を引いた人がいたと思うだけである。
そして嘆き悲しむ母親が誰に似ていたのか、それを確認して納得した気分に
なることのほうが自分にとって重大だと思うだろう。
いちいち思い入れなんかしても、面倒なだけである」(P41)


よくこんな本を朝日新聞出版社はあの時期に出せたよなあ。
どうせ売れないだろうという編集者の絶対的な確信があったのかもしれない。
ちなみにこの本をこの時期にわざわざ出したのは矢坂美紀子という女性。
朝日の偽善スピリッツをかけらも持ち合わせぬ女性編集者にとても好感をいだく。
なんでもネットで調べてみたら、
精神科の敵ともいうべき心理屋軍団のボス、河合隼雄の担当もしたことがあるそうだ。
泣き虫の河合隼雄さんは中年期から、とてもいい「年寄り」だったような気がする。
一方で患者の苦労話をいくら聞いても「所詮は他人事」
と内心では舌を出しながらせせら笑っている春日医師は涙を流すことなどあるのか。
ようやく春日武彦という男のことが少しわかった。彼は泣かない男なのかもしれない。
さて、若々しい精神科医の春日武彦氏は河合隼雄のようないい「年寄り」になれるのか。

「わたし個人の勝手なイメージでは、年寄りとは喧嘩の仲裁ができる人である。
「ここはひとつ、年寄りの顔に免じて堪(こら)えてくれんかのう」と言えば、
それで喧嘩している同士はしぶしぶ矛先(ほこさき)を納める。
立腹しつつも、どこか安堵した表情を浮かべながら。
そんなふうに心の機微を読み取り、また最後の最後になってやっと腰を上げる
その状況判断の確かさと、さらには人生経験を重ねてきていることに対する
万人の敬意とが、その場を丸く治めるわけである」(P167)


こういう「年寄り」は「顔役(かおやく)」みたいなもんで、
どこか創価学会的というかヤクザ的というか、そういう世間師的なところがあり、
アルバイト経験のひとつさえない高学歴高収入高身分作家が登るには、
喧嘩の仲裁ができる「年寄り」は難しいポジションのような気がしてならない。
河合隼雄さんは仏教でいうところの中道(ちゅうどう)=「どっちも正しい」を
よくよくご存じでいらしたからいろいろな喧嘩の仲裁役になっていたような気がする。

精神科医の春日武彦氏は本書でマイナーな小説を紹介している。
人の読まない小説家の言葉に吸い寄せられる医師の嗅覚は第一級と言えよう。
それは中原文夫という人の短篇小説「本郷壱岐坂の家」だ。
主人公は89歳の老人で従業員180人をかかえる会社の創業者で会長だ。
老人はみなから嫌われている若い女子社員がどうしてか気になり、
自分の秘書として引き上げてやる。
どうしてこの女子社員が気になるかと考えたら、
むかし似たような顔をした女性と逢ったことがあるからである。
むかし家で女中として子守をしてくれたおねえさんだ。
老人は、むかしあのおねえさんをずいぶんいじめたなあ、と後悔しながら思い返す。
89歳でもう余命も少ないと思い、あの女中のその後を探偵社に調べさせた。
想像していたとおり薄幸な人生を送ったようだ。
娘がひとりいた。なんと老人への手紙を預かっているという。
自分が死んだらいつかこの手紙をあのお坊ちゃんに渡してくれ。
いかにも小説的だが小説なのだから許されるだろう。
89歳の会長はその手紙を読んで驚く。
自分がひどくいじめたと思っていた女中が、自分のことを恩人だと思っていたのだから。
お坊ちゃんのお世話をしていた時代が人生で唯一の幸福な瞬間でした――
とまで手紙には書いてあるのである。
なんだか申し訳なくなった会長は、よく顔の似た女子社員に恩返しをしようと考える。
秘書として取り立ててやるだけではなく、
プライベートでも高級料理をご馳走したり、お芝居に連れて行き講釈したり。
老人本人は「いいこと」、つまり恩返しのようなものをしているつもりだったのである。
しかし、あるとき女子社員はセクハラはもういやだ、会社を辞める、
自分は傷つけられた、死にたい、とまで訴える。
狼狽する89歳の会長であった。

精神科医の紹介の仕方がうまいからだろうが、これはよくできた物語である。
現実にこういうことってけっこうあるよねえって話だ。
よかれと思ってやったことが相手の迷惑になっていることを知り驚く。
わたしは老人も若い女性も言っていることは「どっちも正しい」と思う。
だが、精神科医の春日武彦先生は、
女子社員のほうを人格障害(異常)であると診断してしまう。
喧嘩の仲裁をするのではなく、いうなれば白黒をつけてしまう。
会長からセクハラされたと感じた若い女子社員は高田涼子というそうだ。
精神科医のカルテを読もうではないか。

「なお精神科医の立場としてコメントをしておくなら、
高田涼子のような精神構造の人物は世間に一定の割合で偏在している。
ある種の人格障害(パーソナリティ―障害)には、
まぎれもなく彼女のように「最初は普通に見えたのに、
あるとき豹変して相手へ憎悪をぶつけ、
今まで自分は耐え忍びつつ演技をしていたと言い放つ」といった類型が存在する。
態度の激変ぶり、
それまでの言動に込められた意味をすべて逆転させてみせる根深い悪意、
えげつないばかりの攻撃性といったものは、
往々にして相手へ深い精神的ダメージを与える。そのダメージによって、
もはや人間そのものを信頼できなくさせてしまうのである」(P80)


おなじ男として春日先生の正しさは本当によくわかるのだが(そういう女っている!)、
もし医師が河合隼雄のような「年寄り」にあこがれるのであったら、
どうにかこの迷惑な被害者ぶった女性をも許容してあげてほしいところである。
わたしも逢いたいと言われて逢っ(てあげ)たかなり年上のおばさんから、
警察に訴えたのだの、おまえはもうすぐ逮捕されるだの、脅されたことがある。
好意で相手の話を一方的に聞いてあげただけなのに、
いきなり豹変するのがよくわからなかった。
自分はシナリオ・センターの優等生だから将来は絶対有名作家になる、
とおばさんは主張していた。あぶねえやつっているんだなあ、
という意味でのいい人生経験になったが、いまから思えば、
どっちもどっちというか、あちらにもあちらの言い分があったのだなとため息をつく。
人間ってそんなものよねえ。
どっちも正しいというか、どっちも悪いというか、どっちもどっちという――。

熟練した精神科医の春日武彦氏もそこのところはよくわかっておられるのである。
相手の妄想は刺激しないほうがいい。
「自分は美人で文才があってもうすぐ有名作家になる」
という妄想(これを物語と見るのが河合隼雄だが)をそのまま肯定してやる。
どうせ真実なんてうさんくさいものなのだから、相手の真実を尊重してやる。
変な新興宗教にはまったやつと議論しても意味がない。
本当に他人思いのやさしい人間は、
相手のためを思って相手を矯正(正しいってなに?)しようとするのかもしれないが、
春日武彦氏のような醒めたリアリストは「ふーん」と相手の妄想を聞き流す。
そういう一見すると不誠実な態度がかえっていい効果をおよぼすことを、
老医師というには若々しすぎる春日医師はあまたの臨床体験から学んだ。

「統合失調症で妄想にのめり込んでいたり、
認知症で現実を誤って捉えている人たちを前にして、
嘘をつくべきか否かといった判断が必要なことがあるのだ。
倫理とか道徳といったものに関わるので、なかなか苦慮することがある。
しかし今のわたしは必要ならば平気で嘘をつく。
それはこちらの都合が良いように相手をペテンに掛けることとはニュアンスが異なる。
相手の内的現実を簡単に修正できるくらいならば問題はない。
そうではないから頭を抱えるのであり、
修正が困難だったりトラブルが伴いかねないならば、
一旦は相手に「沿う」のが賢明ではないのか。
そこから現実離れした考えに対して徐々に修正を図るのも結構だし、
ゆっくりと頭を冷やしてもらうのもOKだろう。
迎合するわけではないけれど、こちらが沿う姿勢を示さずに教え諭(さと)そうとしても、
大概の場合、相手は考えを正してもらったとは感じない。
自分自身を、自分の存在を否定されたかのように感じてしまうだけである」(P107)


春日武彦さんの自己イメージ(妄想)ってどんなものなのだろう?
「B級精神科医」とか自虐しているから、
本当にそのくらいの自己イメージなのかと接したら、
想像以上にプライドが高くて怒りの抗議をされた患者や編集者もかつていたことだろう。
患者は医者の持っている「救済者」という妄想(物語?)を刺激してはならない。
あんがい医者と患者は、ふたりでひとつの物語をつくっているのかもしれない。
これは病気ってことにしておいて、
そっちは医者として給料をもらい、こっちは診断書をいただき生活保護を申請する、
みたいな共犯関係のことである。会社で休職するのも診断書って必要なんでしょ?
春日医師がこのへんにどこまで自覚的なのかはわからないが、
本書に診断書と生活保護にまつわるおもしろいエピソードが書かれている。
長くなるため(それにご商売のお邪魔になるので←医業、売文ともに)割愛する。

老け顔のわたしと若々しい春日医師が並んだら、
あんがい先生のほうがお若く見られるのかもしれない。
本書執筆時の春日武彦氏は58歳で、
同年齢で死んだものを調べたら山頭火がいたという。

「あの《分け入つても分け入つても青い山》の山頭火である。
放浪の乞食僧(こつじきそう)であった彼の屈折した自意識過剰ぶりや、
甘えとわざとらしさの混ざったトーンには、
どこかしら晩年の諏訪優[翻訳家・エッセイスト]に通底したものが感じられる。
言い換えれば、ストイックなものに憧れつつも遂にそのようにはなれず、
中途半端に居直って世俗的な欲望を肯定する精神であろうか。
散々に勿体(もったい)ぶった挙げ句に、
居酒屋は人生の縮図であるとか女の乳房は男の故郷だなどと
「のたまい」かねないセンスである」(P203)


春日武彦さんの文章ってどうしてこんなにおもしろいんだろう?
おもしろいとは滋味があるとかではなく、即物的に笑えるという意味なのだが。
あんがい本人は洗練された文章で
医療や人間の真実を暴いているような自意識(妄想? 物語?)があるかもしれなく、
先生の本はとにかく笑えるので重宝しています、
なんてファンレターを出版社宛てに送ろうものなら、
医師を大きく落胆させる「善意の暴力」になってしまうので、
わたしはそういう悪質な善意の愛読者にはならず、こうしてこっそり見守っている。
春日武彦先生の大ファンがひっそり一匹おりますからね!

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