「池田大作20の視点」

「池田大作20の視点」(前原政之/第三文明社)

→こう言ったら失礼になるが、創価学会お抱えライターの護教ブックである。
著者は立川市在住でお子さんがふたりいらっしゃるらしいが、
家は借家か持ち家か、子どもたちは創価学園に入れているのか、
など気になることも多いが(学会関連雑誌の原稿料は高いと聞く)、
本書には書かれておらず、まさかメールで聞くわけにもいかない。
創価学会や池田大作名誉会長には裏と表があるでしょう。
表はびっくりするほどきれいだけれど、裏はおどろおどろしいという。
わたしは創価学会の、いわゆる黒歴史に惹かれるタイプだ。
本部職員や幹部、学会系有名人、作家、ライターに質問したいのは、
どこまで本心なのかということだ。
創価学会とはビジネスやしがらみでどうしようもなくつきあっているものもいよう。
人間は食っていかなければならないし、
血縁は大事だから本音はなかなか言えない。

本書は創価学会の池田大作名誉会長の礼賛本だが、著者はどこまで本音なのか。
いくら親友になっても教えてくれない秘密だろうが、
本心とビジネスの割合はどうなっているのだろう。
本書は「本心1:ビジネス9」なのか。「本心5:ビジネス5」の半々なのか。
「本心100%」だったらマインド・コントロールされているわけで、
しかし、それがいけないと言いたいのでもなく、
公式的には「池田先生は完全無欠の正義」
とビジネス的には言わなければならないのはわかる。
ビジネスで学会と関わっている人は墓場まで秘密を持っていかなければならない。
とはいえ、優秀な著者のこと。
創価学会や池田名誉会長のブラックサイドもまさか知らないわけではないだろう。
どこまでが本心で、どこまでがビジネスなのだろう。

人間は二面性があっていいのである。裏表があっていい。
むしろどこまで正反対の矛盾をかかえこめるかが、その人の魅力とも言えよう。
「池田先生は絶対正義」などと言っている末端信者のおばさんは、
それは善人には間違いないのだろうが人としての味わいに欠けるところがある。
ほかの池田礼賛本にも書いてあったが、
そういえば宮本輝も小説でそんなことを何回も書いていたと記憶しているが、
名誉会長の名言とされるものに以下のきれいごとがあるでしょう。

「他人の不幸のうえに自分の幸福を築くことはしない」(P152)

裏表で言えば表の極めてオフィシャルな否定されにくいきれいごとだ。
しかし、池田先生の本音の教えは「勝って、勝って、勝ちまくれ!」でしょ?
だれかが勝つということは、かならずだれかが負けているのである。
本書でも学会員のサッカーコーチが池田先生の名言に励まされ
チームを優勝に導いたという美談めいたものが書かれていた。
しかし、あるチームが優勝したということは、
ほかのたくさんのチームが負けたということにほかならない。
他人を不幸にしない自分の幸福などめったにないと言ってよかろう。
宮本輝が芥川賞を取ったせいで(幸福)、
どうしてもほしかった芥川賞から見放されたものもいるのである(不幸)。
だが、こういった矛盾したことを言うのが池田名誉会長の魅力かもしれない。
わざと自分が負けることで他人を幸福にすることもあろう。
しかし、勝てというんだから、これは絶対矛盾だが、
こういうはちゃめちゃなことを平気で言えるのが
日本最大の権力者の証なのかもしれない。
人を不幸にしないで勝利せよ、というのは難問だが、
そういう問いに深く悩まないことが学会の信心なのかもしれない。

池田名誉会長の黒歴史ではなく「正史」で有名な美談がある。
池田少年の小学生時代の恩師、檜山先生の話だ。
池田先生は修学旅行のとき檜山先生から小遣いをもらったという。
これは池田だけではなく、ほかの児童ももらったのだが、まあ恩というやつであろう。
檜山はのちに栃木の小学校に校長として赴任する。
池田先生はこの恩を長らく忘れず付け届けを忘れなかった。
そのうえさらに出世して創価学会の会長になった際、
わざわざ自分の講演会に檜山先生を招待して感謝を表明したという。
「わが栃木にいらっしゃる恩師に万歳三唱を!」
むかしの生徒からこのように恩を示された檜山は感動で泣いたという。
しかし、溝口敦氏の「昭和梟雄録」によると、これには裏があるのだという。
ありきたりの善人である檜山が帰ったあと、池田は側近にこう言った。
これは創価学会の公的文書にもきちんと記録されているとのこと。
溝口敦氏は裏をしっかり取る優秀なジャーナリストだから本当のことだろう。
池田は表では檜山を絶賛したが、裏では――。

「あの先生は、[池田の地元の]鎌田で、戸田先生(城聖、二代会長)の時代に、
小泉さんや辻さんや原島さん(ともに最高幹部)からも折伏され、
なかなかきけなくて、
(栃木県に)逃げていったということも覚えておくように」(「昭和梟雄録」P351)


この裏話を耳にした側近は大爆笑したことだろう。
こういう裏表のあるところが池田先生のおもしろさなのである。
池田さんの表はどちらかと言えば退屈だが、裏を知ると人間味があってたまらない。
どうして創価学会は池田大作さんのブラックな面を表沙汰にしないのだろう。
それは内部に入って、出世していくうちにわかっていくものなのだろうか。
本書の著者は、どのくらい池田先生と創価学会の裏をご存じなのか。
学会ライターの著者が敵対する日蓮正宗法主の日顕を悪罵する文を読んだことがある。
ああいうのはどこまでが本心で、どこまでがビジネスなのか。
よほど洗脳されていないかぎり、
そこまで日顕は悪ではないというのはわかると思うのだが。
むろんのこと、日顕が善ということも断じてないのだが。
著者は池田先生の写真のことも称賛していたが、あれもまたゴーストでしょう?
それは矢野絢也が暴露していたが、学会内部に長くいればわかるはずである。
本書はビジネスが90%くらいで書かれているのだろうか。
それともあんがい学会員でも学会のことを知らないのだろうか。
知らないふりをして身の保全を守るのが学会員の生き方なのか。
小学校時代の恩師の悪口を言う池田先生は
人間味があって最高におもしろいと思うけれどなあ。
池田大作にとっては恩師への感謝も、恩師への皮肉もどちらも本当だったのだと思う。
なぜなら恩師へ感謝すれば講演会の聞き手は感動するだろうし、
本音を口にすれば今度は側近が大笑いするからである。
真実とは人を喜ばすこと、楽しませること、
そして感動させることであることを池田はよく知っていた。
真実などないかもしれないことを池田名誉会長はご存じでいらした。

学会員はネットで悪口ばかり書かれているが、
言うまでもなくいい面もあり、以下のような長所は本当にまったくそうだと思う。

「たとえば日本では、町会・自治会・商店会・老人会・PTA等の役員・
民生委員・保護司など、さまざまな形で、
地域のために進んで活動に励んでいる学会員が多い。
地域共同体が崩壊の危機にある日本社会にあって、
学会員たちがその崩壊を食い止めている側面があるといえよう」(P43)


近所の荒川土手の落ち葉拾いをしてくれているのも学会員かもしれない。
わたしが創価学会を好きになったきっかけは、
むかし友人の家を訪ねふたりで痛飲した帰途、お腹が痛くなり、
学会の会館に頼んだら泥酔者にいやな顔ひとつせずトイレを貸してくれたからである。
え? そんなことで学会を好きになるの?
と思われるかもしれないが、事実だから仕方がない。あれはピンチだった。

COMMENT









 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/4357-6a7cd885