「となりの創価学会」

「別冊宝島225 となりの創価学会」(宝島社) *再読

→十数年まえブックオフでこれを105円で買えたときは嬉しかったなあ。
いまは文庫版もあるらしいけれど、原本からはカットされた部分もあるとのこと。
創価学会に興味を持ったのは宮本輝が好きで好きでたまらなかったんだよね。
そこで創価学会というワードに生まれてはじめて引っかかった。
だから、わたしは25、6歳になるまで創価学会という宗教団体さえ知らなかった。
宮本輝のファンクラブ掲示板に創価学会ネタを書きこんだから即刻削除。
創価学園の先生をしているとかいう女性からメールが来たものである。
そこで宮本輝が創価学会でやった体験発表のテープや
聖教新聞(創価新報だったかな?)のコピー、
宮本輝のインタビューが掲載された「第三文明」(2000年1月号)を送っていただいた。
「第三文明」はおもしろくていまトイレにおいて何度も読み返して笑っているんだけれど、
学会員ってあんな雑誌を他人に渡して「ドン引き」されないって自覚がないのかな。
当時は宮本輝のところしか読まなかったけれど、
日顕批判や山崎正友の吊し上げにふつうの人なら「ドン引き」するっしょ?
そこらへんは創価学園の先生ともなると麻痺しているのかなあ。
当時、創価学会で流行していた折伏らしいけれど、
「リンゴ(学会)は食べてみたいと味がわからないじゃないですか?」
みたいな文句がメールに書かれていたけれど、ぜんぜんしつこくなかった。

いまは戸田城聖や池田大作のような人はいないのだろうか?
よおし、いっちょこいつを折伏(しゃくぶく/勧誘)しちゃるか、みたいな熱い人。
結局、創価学会のどこがすごいかといったら人間パワーでしょ?
池田先生の本なんか読んだって、ちっともおもしろくないんだから。
それはそうで、あれはゴーストライターが書いているきれいごとなわけで。
この人はすごい! と尊敬できるような人はいまの最高幹部クラスにもいないの?
ここで問題になるのが、人間パワーというのは肩書ではないこと。
池田先生は外部に出るのを恐れていたそうだけれど、
外部(世間)は肩書の世界だから、名誉会長だって言っても、はあ? って話。
どこぞの短大を出たあなたがどうして偉いんですか? となってしまう。
これは池田先生ではなくトヨタの社長だっておなじわけ。
トヨタの社長は内部では偉いのだろうけれど、
たとえばわたしのまえに出てトヨタ社長だって言われても、はあ? だから。
「毎年、たくさん交通事故で人が死んでいますが、何割くらいかトヨタなんですか?
罪悪感とかないんですか? 死んだら地獄に堕ちるとか考えたことがありますか?」
こんな失礼なことを聞いてしまいかねない。
しかし、日蓮正宗法主の阿部日顕だっておなじで
わたしは彼を偉いともなんとも思わない。
クソ坊主が、とまでは思わないけれど、
高そうなメガネをしてんな、くらいは思うかもしれない。
折伏は肩書や教養ではなく、人間パワーの勝負になると思う。
ブログでこんな生意気なことを書いているわたしをさ、
このやろう、正しい仏法で破邪顕正してやる、ぶちかましてやる、
という勇士は男女ふくめて創価学会にはいまいないわけ(一対一勝負)?
顕正会でも法華講でもいいけれどさ。メールボックスを開いてもいつも空。
女子高生でもいいんだから、わたしの敵性思考を矯正、指導、折伏してほしいなあ。

ここまで創価学会が広まった理由のひとつに「正しい」コンプレックスがあると思う。
「正しい」ことに対する劣等感である。
こう言ったら怒られるかもしれないけれど、創価学会は庶民派集団だから、
言っちゃ悪いけれど、あまりお勉強はできない人が多かったような気がする。
学校のお勉強というのは「正しい」ことを知ることでしょう。
学校では「正しい」ことを言うと「先生」からほめられる。
昭和の創価学会に入るような人たちは、
あまり勉強ができないことへのコンプレックスがあった。
「正しい」ことへの劣等感や、先生からほめられる優等生への嫉妬があった。
個人的な意見を言うと、勉強はあれは持って生まれた適性だから、
勉強ができなくても努力してないってわけじゃないし、
みなさまもご存じのよう勉強ができなくても金を稼いでいるやつはいっぱいいる。
けれど、先生にほめられるという経験に飢えているものはいたと思うのである。
先生の「正しい」指導に従ってほめられたいという願望だ。
これが創価学会を急成長させた理由のような気がしてならない。
学校の先生ではない世間の先生、庶民の先生から
「正しい」ことを指導され、なおかつその先生から「よくやったね」とほめられたい。
熱心な学会活動家というのはミニミニ池田先生になっているわけでしょう(男子)。
もしだれかがだれかを落とした(折伏した)としたら、
それは池田先生の真似をしたということでしょう。
(まあ池田先生自身は折伏が下手で真言宗の父親を落とせなかったらしいけれど)
けれども、戸田先生に逢って一発で落ちたような人もいたわけでしょう。
池田先生に対面してその場で人間パワーに負けたと思った人もいるかもしれない。
いまの創価学会にはそういう人はいないのだろうか?
5代目会長の秋谷栄之助氏は戸田城聖に逢って一発で落ちたという。
秋谷氏は二代目会長の戸田のことをこう説明している。

「人格を言葉にするのは非常にむずかしいのですが……。
戸田先生の存在そのものに圧倒されたと言いますか。
物事の本質をズバリと突き、すべてがわかっている方だなと思いましたね。
話をされるにあたって、飾ったきれいな言葉を使おうとか、
自分を偉く見せようだとか、そういった小細工をいっさいせず、
本質を捉(とら)えた話をされる。
だから、人間として本当のことを言ってくれる、そういう方だなと。
私がそれまで出会った教師や指導者たちのなかには、
戸田先生のような方はいませんでした」(P172)


わたしだってそういう「すごい人」と会ってみたいと思う願望はある。
男子部でも女子部でも、……壮年部は説教くさそうでいやだな。
20年まえに出た本だけれど、壮年部って学会でいちばん嫌われているらしいね。
ひでえ折伏をするらしい。

「折伏の現場に呼ぶと、
「いま信心しないと、キミ一生うだつがあがらないよ!」
などの暴言を吐き、相手を怒らせてしまう」(P31)


本書に壮年部(中年男性)のイラストが載っているのだが、ちょーおもしれえ。
いまでもいそういそう、って感じがする。
個人指導ってわけわかんないよね。
なんで、おれがおまえに指導されなきゃなんないのって話で。
指導という言葉の背景にはやはり「正しい」という観念があるわけでしょう?
「正しい」ことを指導する。「正しい」生き方を指導する。
でもでもさ、「正しい」生き方なんてないかもしれなく、
そう思っているわたしを折伏できるとしたら――。

「私の話を聞かない者は頭破七分(ずはしちぶ)になるぞ(頭が七つに割れる)。
この宗教を信じなければ何もうまくいかないぞ」(P15)


55年にはこんなめちゃくちゃな折伏をやっていたらしい。
いまは罰論(ばちろん)による折伏は禁止されているらしいけれど、
実際やっている人はやっているでしょう?
そのとき勝負になるのは確信の人間パワーだと思う。
いやあ、人生は偶然で運だ、と相手が強く確信していたら折伏できない。
だから、折伏は確信レベルの勝負のような気がする。
ぶっちゃけ、いま創価学会の信心を大確信している人なんか最高幹部にもいるわけ?
みんなネットでばらされちゃっているじゃない。
ヤクザとのつながりまで暴露されて、
そこがおもしろいっていう当方のようなものも折伏できないわけなのかしら。
むかしの折伏でけっこうこれがあったのではないか。

「私と結婚したいんだったら、信心しなさい。そうしなければいや」(P17)

まあ、もてない男はこれで一発で落ちるよね。
わたしを落とせるとしたら、これしかないかもしれない。
本当は「すごい人」に出逢って敬服して指導を求めたいところだけれど。
でもさ、二世三世はわかるけれど、いま創価学会に入る青年なんかいるのかなあ。
いるのかもなあ。

「学会の幹部だといっても、その肩書は一般社会では通用しませんよね。
それなのに、幹部になりたがる人がいます。
指揮を執りたいのか、仕切りたいのか。
社会で活躍していない人ほど幹部になりたがる傾向にある」(P23)


わたしは折伏されてもスリープし続ける自信があるけれど。
幹部とか役職とか絶対したくないし、そもそも人を指導なんてできないよ。
創価学会本部の幹部は「正しい」指導とかしているんでしょ?
いったいどんな根拠があって偉そうに他人様を指導できるのだろう。
池田先生なんか世間ではキンコマンコの人だし(そこがおもしろいのだが)、
日蓮大聖人って言っても、日蓮の主張が「正しい」根拠はどこにもない。
それに学会って上に行けば行くほど忙しくなるから本を読む時間もないでしょう?
ものを知らないで人を指導するのって怖くない?
むかし貧乏人の息子が折伏に行ったらこう言い返されたらしい。

「あんたの家が幸せになったら信心してあげるよ」(P11)

いまの学会の座談会ってじいさん、ばあさんばかりなんでしょう?
嘘くさい体験発表をして拍手して涙を流しているという。
そういう異世界を見てみたい気もしなくはないが、だれも誘ってくれないんだもん。
いまって骨太の人が減ったような気がする。「すごい人」がいない。
田中角栄みたいなやつっておもしろいじゃん。池田大作や戸田城聖もそのタイプでしょ。
橋下徹とかホリエモンとか、尊敬しろって言われてもねえ。
つまらない時代になったのかもしれない。
池田先生がいた(いまもいるか)むかしの創価学会はおもしろかったのだろう。
いまは学会の裏もインチキもばれてしまったが、
一発逆転するにはそれをギャグとして、
「うちって黒いっしょ」っと逆手に出るしかないような気もするのだが、
いまは老人ばかりになった古株信者が絶対にそんなことはさせないと思う。
池田大作さんってサブカルの人として見たら、
いまでもすごい輝きを放っているのだから、もったいないような気がしてならない。
クリーンになりすぎてしまった現在、池田先生の薄気味悪さは異彩を放っていて、
これを創価学会が逆利用したら奇跡の大逆転も起こるような気もするのだが。

どうでもいい豆知識を少々。
学会では選挙活動でカップルが生まれることが多いらしい。
ちゃんと功徳があるいい宗教なんだから、もっと自信を持って!
あと20年まえの本部職員(30代前半)の年収は500万。
本部職員ってなにしているんだろう。
テレビやネットをチェックしているだけだろう、なんてうわさもあるけれど。
創価学会員はとにかく池田先生の本と聖教新聞しか読まないらしい。
別冊宝島が池田大作インタビューを依頼したら、
ゴルバチョフや中村元クラスとの対談でなければ、
先生は出せないと広報部から言われたってさ。うわっ、それ増上慢じゃね?
折伏大行進時代の創価学会って、きっととてもおもしろかったのだろう。
いまではバッシングするのがかわいそうなくらいに弱っているのかもしれない。
学会員よ、広宣流布はどうした! 折伏をして福運を積め!
会員ひとりひとりの信心が足らんから池田先生がいま落ち目なのだ!
戸田先生は言った。
毎日3時間題目を上げ、毎日ひとりの折伏をしたら、かなわない夢はない!
いまの若いもんは(中年のわたしもそうだが)夢がないのでおっさんはプンプンだ。

COMMENT

. URL @
12/05 05:36
. >いまって骨太の人が減ったような気がする。「すごい人」がいない。
>田中角栄みたいなやつっておもしろいじゃん。池田大作や戸田城聖もそのタイプでしょ

大川隆法や深見東州がいる。








 

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