「やさしい生命哲学」

「やさしい生命哲学」(聖教新聞教学解説部編/第三文明社) *再読

→創価学会の本を読んでいると、どんどん精気を吸い取られるような気がする。
そこまでやるのか! ああ、でも、世の中そんなもんか。
うんざり、げんなり、けれどそれが生きるってことか、いやだなあって感じ。
創価学会というのは仏教の開祖とされる釈迦(釈尊)の教えを
正反対にひっくり返したようなものなのである。
わたしは釈迦が嫌いだから、それでいいのだが、
それでもそこまで釈迦をいさぎよく切り捨てられる姿勢にぐったりする。
創価学会も釈尊(釈迦)の教えは正確に把握しているのである。
だからこそ、釈尊の教えを180度ひっくり返した教学を創れたのだろう。
釈迦の小乗仏教を否定したのが大乗仏教とするならば、
大乗仏教の最先端、大乗仏教の精髄が池田創価学会である。
創価学会だって釈尊の教えくらいわかっているのである。

「私たちは、顔貌や容姿、地位や名誉などを、あたかも、
それが自分の本質であるかのように思い込み、
それを追求することにとらわれがちです。
しかし、顔やスタイルの美しさは年を取るとともに衰えていきます。
地位や名誉も社会が勝手に付け加えるだけのもので、すぐ失われてしまいます。
このような、自分の本質とは異なった表面的な価値を
自分の本質だと思って追い求める執着を釈尊は戒めたのです」(P20)


学会ってやたら役職が多いでしょう?
あれは世間(実社会)で報われていない人には救いになっているのだと思う。
班長とかブロック長とか、一般人には意味不明の役職がたくさんある。
いままで一度も世間から認められたことのなかったような人たちは、
こういう役職を与えられるのが嬉しくて(それが学会の手なのだが)
バリバリ(自分の時間を捨てて)学会活動してしまうのである。
創価学会躍進の理由は暇な主婦に役職を与えて学会活動をさせたことだろう。
世の平凡な奥さまは一度も役職なんかついたことがないから、
班長とか言われると舞い上がってしまうのだろう。
わたしは学会に入って偉くなるほどしんどいものはないと思う。
というのも、役職が上がればそれだけ活動に自分の時間を割かなければならないし、
幹部ともなれば財務(寄付)を下よりも多く出さなければ示しがつかない。
いちおう財務は銀行振り込みで他人にはわからないそうだが、
どうしてだかばれる仕組みになっている気がする。
だって、そうしないと創価学会が儲からないじゃありませんか。
下のものに役職や功徳というエサを出して競争させて、
いちばんいい思いをしているのはいったいどういう人(たち)なのだろう。
釈迦や日蓮の教えを金儲けに使えると考えだした人たちのあたまのよさには参る。
というのも、釈迦や日蓮は一生貧乏だったわけでしょう?
たぶん一度もマグロの中トロや天ぷら、しゃぶしゃぶなど口にしなかったのではないか。
創価学会の教科書であるこの本から引用する。

「……表面的な美貌や体力、地位や名声、物質的な財産などは、
やがて必ず失われていくことを認め、自身の人格を磨き、
生命境界を高めることを目指すべきことを仏教は教えているのです。
日蓮大聖人は
「蔵の財(たから)よりも身の財すぐれたり身の財よりも心の財第一なり」
(御書一一七三ページ)と教えられています」(P46)


日蓮が「心>健康>金」とうっかり一文書いてしまったせいで、
昭和平成とどれだけ財務に苦しんだ学会員が現われたことだろうか。
実際は「金>健康>心」という見方もできなくもないわけである。
金がなかったら健康でいられないし、病気になったら気分(心)もふさぐわけだから。
しかし、お金持になればなるほど迷いが増えるから、
いっそのこと全財産を財務で放出するのも気分がいいのかもしれない。
お金持は迷いが増えるというのは、選択肢が増えるということ。
貧乏人だったら難病になったら死ぬしかないけれど、
金持はアメリカに移植手術に行こうかどうか迷うわけでしょう。
とかく金があるとトラブルに巻き込まれることが増える。
変なやつも近づいてくるだろうし、もっと増やそうとか考えて、逆に大損をする。
心の病にかかるとカウンセリングにかかる人もいるだろうが、
それはカウンセリングに行く金があるから心が病んでいるとも言えるわけで。

あんがい創価学会の財務ってそこまで悪くないのかもしれない。
ぜーんぶ金を財務したら無一物(無一文)になってすっきりするんじゃないかな。
創価学会は金があるっていうよねえ。いわゆる創価マネー。
学会には裏情報が入ってきやすいから、
創価マネーを財テクしたら(しているでしょうが)天文学的資産になるのではないか。
その金で海外から勲章を買っていると言われているわけだが、
わたしはこれをとてもいい行為だと思う。
勉強するのって金がかかるじゃない。
だから、学校に金を寄付したらそこの生徒たちの役に立つでしょう?
とくに後進国(発展途上国)の大学にとったら、
池田基金ほどありがたいものはないと思う。
海外の大学に寄付するのもいいけれど、
日本で私費で仏教を独学している学会シンパのブロガーにも
なんかいいことないかなあ。
創価学会の教学試験の勉強をするのは、地位が上がるからでしょう。
本当の勉強はおもしろくてたまらないからするものなんだよねえ。
勉強は本当におもしろいよ。
だから、海外の大学生のためにお金をがんがん渡している池田先生は偉いと思う。

聖教新聞って悪口座談会と言われているものがいちばん楽しいらしい。
裏切り者の矢野絢也氏の本で抜粋を読んだけれど、あれはおもしろすぎる。
言葉による集団いじめというか、独特の毒々しい言葉の使い回しが笑える。
ええと、学会の教科書に戻ると――。

「口における悪業とは、「妄語(もうご)」(ウソをつくこと)、
「綺語(きご)」(不当に飾りたてたことばを用いること)、
「悪口(あっく)」(悪口をいうこと)
「両舌(りょうぜつ)」(二枚舌を使うこと)です」(P101)


おおっと、学会員が大好きなものばかりではないか。
学会事件史を調べたら「妄語」「綺語」「悪口」「両舌」が黒光りしている。
しかし、そこがいいのである。
だって、法華経自体が、釈迦がさ「嘘も方便」と教えているお経なのだから。
「おれ一回死んだけれどあれはウソだから、アハ」というのが法華経の教えでしょ?
きれいな表の学会も、黒々とした裏の学会もわたしはとても好きである。
表の学会はあまりにもきれいすぎて少し白々しい気がしなくもないけれど。
決して悪口ではなく、学会員さんは餓鬼界に生きている人が多くてうらやましい。
わたしはガキ(幼稚)だけれど、餓鬼(煩悩熾盛)ではない。
最近、欲望がだんだん消えてきて、欲望の完全消滅は自死になるので怖い。
欲望いっぱい元気いっぱい学会員のように活き活きした餓鬼になりたい。

「……人間は、欲望を全くなくしてしまっては、生きること、
さらには、向上心をもって活き活きと生きることもできません。
餓鬼界は「この道は余道と往還し、善悪相通(あいつう)ず」(『立世阿毘曇論』)
とされます。欲望に覆われた餓鬼界は、善にも悪にも繋がっていくものなのです」(P113)


「立世阿毘曇論」なんて聞いたことがないからネット検索したが、
それでも詳細はわからない。
古い仏典とか論書は山のようにあるから、
うまく引用したらどんな教えも仏教として通用することだろう。
そこが仏教のいいところで(マイ仏教を創れる)、
同時に危ないところでもあるのだろう(カルト教団)。
もちろん、創価学会は「善き人たちの連帯」でカルトなんかでは断じてありませんが。
フランスのテロは創価学会をカルト認定した仏罰だと座談会で話しませんでしたか?
そういう思考がカルト的なのだが、いや、これはゴニョゴニョと口を濁しておこう。
学会員さんとか脱会者さんとか、
ここ最近の創価学会記事は最高におもしろくありませんか?
わたしは脱会をすすめたりはしませんよ。
脱会者に再入会をすすめたいわけでもありません。
自分で決めるのがいいと思いますが、
自分のあたまで考えるのはたいへんですから、
そのまんまでいるのがいちばんよろしいかと存じます。
というか、そもそもわたしの意見なんかご興味がないでしょうけれど。
しっかしさ、学会員の脱会者への攻撃ってすごいよねえ。あれは怖すぎる。
いちおう創価学会の教科書にはこう書いてあるのだが。

「仏になる因として、釈尊はある過去世で不軽菩薩として修行しました。
その時、あらゆる人に仏界が内在していることを知って、
自身を迫害してくる人すらも敬い礼拝したのです」(P158)


学会さんさ、もう藤原行正も山崎正友も竹入義勝も矢野絢也も許してあげようよ。
学会はいじめられっ子のふりをするいじめっ子なところがおもしろい。
日顕宗(日蓮正宗)からさんざんいじめられたって言うけれど、
どう見ても巨大な創価学会が弱小の日顕宗をいじめているわけで。
いやいや、いじめは楽しいからどんどんやればいいと思うよ。
いじめられたとか言いがかりをつけて、
集団でひとりをいじめるのって楽しいんだろうなあ。
創価学会に入ると人生が楽しくなるような気がする。
正直、学会員さんがわたしはうらやましい。
自分より弱いものをよってたかってなぶりものにするのって興奮しそう。
創価学会はエキサイティングでWARだぜ!
修羅、餓鬼、畜生の仲間に入りたくて仕方がない。
修羅即菩薩、餓鬼即菩薩、畜生即菩薩だと思う。
修羅のレベルが高いほど菩薩としてのレベルも高く、
餓鬼の煩悩の強弱は、そのまま菩薩の上位と比例する。
畜生のように陰惨なことをできるやつこそ本物の菩薩さまである。
これは池田先生がうちうちにしか教えていない秘伝のようなものだが、
高弟さんたちの(暴露)本を読んでわたしは独学することができた。

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