「懺悔の告発」

「懺悔の告発」(山崎正友/日新報道)

→副題は「私だけが知っている池田大作・創価学会の正体と陰謀」――。
まえの記事では山崎正友をほめすぎたような気がする。
だって、かわいそうじゃん。あれだけ叩かれまくっている人ってほかにいないでしょう?
大物ぶったあげく、師匠からは嫌われ、側近からも裏切られ、ひとりぼっちで。
山崎正友という人は京大卒だし、
あの人にさえ逢わなければいい人生を送っていたのだろう。
人と人との出逢い、めぐりあいというものはまこと不思議である。
山崎正友って、要は創価学会と日蓮正宗のダブルスパイをしていた人なのでは?
池田大作のまえでは(日蓮正宗の)日達の悪口を言い、
日達のまえでは池田大作の悪口を言ってご機嫌を取っていたという。
だけどさ、そういう人がいたからふたつの組織がうまくいっていたという面もあると思う。
この本には山崎正友の人品の卑しさがよく現われていて、
それがだれの影響かと考えると持つべきものは師匠である、なんて皮肉りたくもなる。
山友さん、品性が下劣すぎて本当におもしろい。
銀座のバーでおごるのが好きだったらしいから、ゴチになりたかったなあ。
高潔ぶった人より下世話な人のほうが好きである。
わたしが池田先生のことが好きなのは、
山友さんのようなお弟子さんがいるからかもしれない。
ダブルスパイ(二重スパイ)だった元創価学会顧問弁護士・山崎正友の名文をご覧あれ。

「池田大作は困ってくると私を使って解決しようとするが、
ただ、私を利用して相手をだまそうとするだけだから、
そんなことに黙って利用されるつもりはなかった。
また日達上人もそうした池田のやり口や下心は見抜いてしまっているから、
「今度はどんな話をもって来たのですか、山崎さん」と、
ニヤニヤしながら聴かれる始末だった」(P91)


山崎正友によると、池田大作は池田代作と言ってもいいほど
多くの代作者(ゴーストライター)を持っていたらしいけれど、
池田大作さんというのはある種の庶民の夢の結晶化なのだと思う。
こういう人がいてくれたらどんなにいいことか、という。
池田さんもそういう庶民の夢を演じるようになって、
いつしかなにが本当の自分かわからなくなってしまったのかもしれない。
池田大作が「池田先生」を演じることで喜ぶ大勢の庶民(学会員)がいるのだから、
わたしは「池田先生」はなにひとつ悪くなくほぼ絶対的に「正しい」と思う。
「池田先生」を演じるのに池田大作さんはどれほど心血をそそいだことか。
それは自分のためではなく庶民(学会員)のためなのである。
実際、若いころ(会長就任時)の池田先生は希望に燃えたじつにいい顔をしている。

よくよく考えてみると、池田先生はあるときまでは順調すぎる人生を送っている。
病弱な子ども時代だったというのは嘘だと溝口敦氏が指摘している(「昭和梟雄録」)。
戸田城聖という師匠に恵まれ、大蔵商事では大金を稼ぐエリート会社員だ。
夫人も名家の出身である。32歳で創価学会の会長になっている。
苦難どころか順調すぎる人生と言ってもいいのではないだろうか?
池田大作は、これはすべて信心による功徳と思ったことだろう。
このため自身の人生体験から1977年には本心から池田はこう発言できたのだ。

「功徳が皆さんの上に、創価学会員の上に、さんさんとこれまた、
雨の降るがごとく、功徳がわかないわけがないんです。
皆さん、功徳をいただいておりますね。
まだまだ今までの何千倍何万倍何億倍も受ける資格があるんです。
受けられる土壌があるんです。
これは創価学会の信心には、世界一、宇宙第一の功徳がある、
とこう私は宣言しておきます」(P161)


ところが1984年、池田大作氏の次男、池田城久氏は29歳の若さで病死する。
このとき人間・池田大作はもぬけのからになったのではないか。
どうしてこれだけ信心してきたのに、こんな不幸が自分に起こるんだ?
84年に池田大作は死んで「池田先生」だけになってしまったような気がする。
山崎正友によると、学会では病にかかることは「信心がないことの証」らしい。
このため池田城久氏が病気になると池田大作氏は息子の症状を隠したという。

「城久が九月中旬、胃痛を訴えるや、
池田は、息子の病気を世間に知られることを恐れ、
池田家出入りの産婦人科で内科も兼ねているドクター部幹部の
石川信子医師の経営する「新生クリニック」に入院させたのである。
当初から内科と外科の専門医にかかっていれば
最悪の事態は避けられたであろうが、
いかんせん医師は産婦人科が専門。
容体が悪化しても手術のすべもなく、「石川信一」なる偽名で
癌研病院に入院したものの手遅れとなり、偽名のままでこの世を去った」(P174)


まるで人の不幸をあざ笑うような品のない文章だが、
このとき池田大作さんの信心が本物から偽物に変わったような気がする。
「池田先生」の人生におけるターニングポイントは84年のこの不幸ではないか。
池田は1963年には自信たっぷりにこんなことを語っている。

「私どもを誹謗し、私どもをバカにした人たちは、一年、三年、七年、十四年
とみてごらんなさい。その不幸な現証の姿を、
まざまざと私たちの眼前にあらわすのが仏法の方程式でありますから、
それを確信しきっていただきたいのであります」(P161)


創価学会が強いのはこの罰論があるからではないかと思う。
84年以降、池田大作は「幸福ぶる」ようになったのではないか。
自分に罰など当たっていないという現証のため、
勲章収集に拍車がかかったのはこの時期なのかもしれない。
いったいどうしてだれかが幸福になり、
いっぽうでだれかが不幸になるのかはわからない。
創価学会は幸福と不幸の仕組みを、学会への信心と罰で説明する。
この「アメとムチ」の理論は「正しい」のかもしれないし、そうでないのかもしれない。
しかし、この罰論があるかぎり創価学会という組織は不滅ではないだろうか。
いくらスリープ(未活)状態とはいえ、創価学会には大勢の二世、三世がいるのである。
いつだれにどんな不幸が当たるのかはだれにもわからない。
そして、人生は不幸が雨あられのように降ってくるものである。
不幸に遭遇した際、かつて一度でも創価の教育を受けたものは、
これは仏罰ではないかとスリープから目覚めることだろう。
脱会者もふくめれば一度でも創価教育を受けたものは2千万人くらいいるのではないか。
彼ら彼女らが不幸に遭遇した際、かならずやスリープから目覚めよう。
スリープという言葉は、
創価学会中枢が使っている未活状態の隠語だが言い得て妙である。
この巨大組織はこれからどうなっていくのだろう。
一部では弱体化するのみではないかと言われているが、創価教育は根強く、
あるいはこれからもうひとりの新たな名誉会長が現われるのではないかとさえ思う。
その人は幸福ぶるだろうが、人間不信の地獄の苦しみを味わうことになろう。

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