「創価学会・公明党の犯罪白書」

「創価学会・公明党の犯罪白書」(山崎正友/第三書館)

→創価学会の歴史を振り返ると、いちばんかわいそうなのは山崎正友氏だと思う。
山崎正友氏は創価学会の元顧問弁護士。
1980年除名後は機関紙で総攻撃され、獄中体験まで味わう。
「太陽の帝王」池田大作氏に比して、山崎正友氏は「闇の帝王」と言われていたらしい。
だれかが光るためには、べつのだれかが影を引き受けなければならないのである。
戸田城聖が二代目会長として光っていたとき、
「闇の帝王」の役割を果たしていたのが池田大作氏である。
法律上は行政のはからいで無罪になったが、
創価学会のいう「大阪事件」では池田大作氏は選挙違反までやったのである。
矢野絢也氏によると、「大阪事件」は法難でも、
公安が創価学会を危険視したためでもなく、
大阪府警はただ単に池田大作氏が選挙違反という犯罪をしたから逮捕した。
ただただ、事実はそれだけだという。
あとになって警察の幹部から、「やれやれ」といった口調で言われたそうだ。

だれかがダーティーワーク(汚れ仕事)をやらなければならないのである。
池田大作氏が三代目会長になったあとは、山崎正友氏が汚れ仕事を任された。
きれいごとだけでは組織はうまく行かないし仕事もはかどらないのである。
山崎正友氏ほど評判の悪い男は知らないけれど、
ジャーナリストの溝口敦氏によると、山崎正友は私的な蓄財などいっさいせず、
手に入った金はいつも子分に大判振る舞いしていたという。
そう、まるで大蔵商事時代に池田大作氏がしていたように、である。
後藤忠政氏によると、神崎武法氏と浜四津敏子氏は山崎正友氏の弟子らしい。
しかし、両氏は山崎が池田から粛清されると、
かつての恩を忘れ手の平を返すように
学会の山崎批判キャンペーンに加わったわけである。
これが処世というものなのだろう。
池田大作氏は学会の(仕方がなかった)悪事を
すべて山崎正友氏が勝手にやったことにして組織から追放した。
学会員も本来は池田大作氏に見て取るべき「悪」を山崎正友に投影したのだろう。
以降、学会の汚れ仕事は藤井富雄氏にまわされたが、
氏は立ち回りがよほどうまいのか池田大作氏の粛清から逃れ得ている。

よく知らないが、創価学会の勤行は、
願いがかなうよう御本尊に向け題目を上げるということでよろしいか?
これはとても怖いことである、と言えなくもない。
なぜなら毎朝毎晩、おのれの欲望(願い)を燃え上がらせることなのだから。
毎朝毎晩、欲望、欲望、欲望! するとあたまは欲望のことばかりになってしまう。
正確かどうかはわからないが(本書に調査記録があるけれど)、
学会員に犯罪が多いというのは日々欲望を刺激するための必然かもしれない。
学会員が読む法華経は、釈迦が嘘をついてもいいと言っているところである。
毎日、法華経のあそこを繰り返し読んでいたら嘘をつくのが悪いと思えなくなるだろう。
(ケースバイケースでかならずしも嘘は悪いとも言い切れないが)

本書で知って驚いたのは――。
第1回関西青年平和文化祭の男子部組体操による「六段円塔」である。
「第三文明」2000年1月号では、
文化祭5日まえに男子部副部長の上田弘二郎28歳は、
くも膜下出血で死んだことになっている。
しかし、本書によると上田弘二郎君は「六段円塔」練習中の事故で死亡したとのこと。
ここに宗教活動の問題が象徴として現われている。
ある種のお祭り好きには、宗教活動はとても楽しいものだろう。
そして、困難にチャレンジするというのはいいものだとも思う。
常識なら死んでしまったら意味がない気もするが、
きっと本人は練習中に死んでもいいと思っていたことだろう。
ご両親もおそらく学会員だっただろうが、この名誉の戦死をどう思っただろうか、
もしご両親も名誉の戦死と思えたのならば、そこで完結して美談で終わるのだが。
「六段円塔」なんか作らなくてもいいと思うが、
がんばって「六段円塔」を作ってしまうところが、いかにも創価学会という気がする。

山崎正友氏の無念を思うとやりきれない。
池田先生のために創価学会のために、そうと知りながら悪いことをやったら、
ほめられるどころか正反対で、まさにハシゴを外されたという状態になったのだから。
かつての弟子にも裏切られ、さぞかし悔しかったことだろう。
あれだけ創価学会のために尽くしたのに、機関紙では極悪人扱いされるのだから。
池田大作氏があの世でいちばん感謝するのは山崎正友氏ではないかと思われる。
池田大作氏としても創価学会のために、
山崎正友氏を切らなければならなかったのである。
池田大作氏もいつかお亡くなりになるときが来るだろう。
ぜひともあの世で和解してほしいところである。
そのときはかならずや酒を飲めないご両人はトマトジュースで乾杯するだろう。
山崎正友氏は銀座のバーでトマトジュースをよく飲んでいたという。

本書からいささか引用する。仏法の勉強になる。

「「道理・証文より現証にしかず」
日蓮大聖人が、正邪を判断するのに、理屈や文献よりも、
現実の事例をもってするのがベストだと教えられたことである」(P4)


わかりやすく言い換えたら、金持ちや高身分のものは「正しい」、ということになるのかな。
行ったことのある人に聞くと、創価学会の座談会っておもしろいらしいね。

「座談会や会合で、〝功徳”の体験発表ができるのは、
信仰心のすぐれている証とされ、逆に、〝功徳”が得られなければ、
〝信心が足らない”と批判される。そこで〝ウソの体験発表が横行する」(P25)


実際、生きていて努力が報われたと思うことなんて、そうそうざらにないもんねえ。

「創価学会は、利用価値のある間は相手をチヤホヤするが、なくなるとポイと捨てる」(P66)

わたしが創価学会から勧誘されないのは、
きっと公明党1票の価値しかないからなんだろうなあ。
友人もほとんどいないから、広宣流布もできないし。
「六段円塔」なんて恐ろしくて大金をもらっても練習に出たくないけれど、
男子部の人たちはああいうことを無料でボランティアでするんでしょう。
男子部とか幹部とか手弁当で活動している人はすごいと尊敬しまっす。
軽く忠告しておくと、あまり偉くなると悪目立ちして山友さんのように足を引っ張られるよ。

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