「創価学会ドラキュラ論」

「創価学会ドラキュラ論」(幸福の科学・広報局編)

→山田太一ドラマ「男たちの旅路」に「影の領域」という回がある。
新入社員が魅力ある上司の不正を発見してしまう。
新入りは上司から教わる。世間とはこういうものなんだ。みんなやっていることなんだ。
相手の業者も言う。みんなやっているし、うちだけやらなかったらつぶれちまうんです。
上司は新入社員に言う。きみは世間というものを知っていると踏んだんだ。
きみを信頼しているからこそ、こういう裏事情を見せた。
大人になるとはこういうことだ。わかってくれ。世間はそういうものなんだ。
新入社員が悩みに悩んだすえ社長に相談に行ったら、
社長もその不正を知っていて、わざわざそんなことを正義ぶって言いにくんな。
自分は勇気を持って正しいことを報告にしたにもかかわらず、
社長からは逆に大声で怒鳴られてしまう。
ドラマとしては正義のヒーロー鶴田浩二が不正を告発して悪い上司を追放する(※)

これはものすごく難しい問題なのね。答えが出せない問題である。
わたしは正義派ぶっている人が嫌いだから、世間派にくみするような気がする。
けれども、実際に悪事を見たら正義派ぶって告発してしまうかもしれない。
そのときその場にならないと自分がどうするかはわからない。
ちなみにシナリオ・センターのあれは正義ではなくいわば私怨で、
あの学校が大嫌いという表明に過ぎません。
悪いことをしてもいいのだろうか。悪人はかならず裁かなければならないのか。
そもそも悪とはなにか。
宗教というものは相対的な世間(善悪)を超える絶対を説くものなのである。
どういうことか。

絶対>善悪(相対)

これが創価学会の場合ならば、こうなる。

池田先生>善悪(世間)

いいとか悪いとかそういう問題以前に、宗教とはそもそもそういうものなのである。
学会員が「池田先生のため」に善悪を飛び越えたことをやれるのもこのためだ。
無宗教の人は、世間的善悪を無視した行為をする学会員を怖いと思う。
しかし、学会員さんたちとしては、
「池田先生>善悪」なのだから罪悪感のようなものはない。

池田先生(絶対正義)>法律(世間的善悪)

わたしは独学だが多少宗教を勉強してきたから、これが悪いとも言い切れないのだ。
そもそも法律はどうして「正しい」のかわからないという問題がある。
ある日をさかいに傘をさして自転車運転するのがどうして違法になるのかわからない。
車なんかぜんぜん通っていないところで赤信号を守る理由がわからない。
近所に押しボタン式の横断歩道があるけれど(ボタンを押すと信号が青に変わる)、
あれを押してしまうとけっこう長く青が続くから急いでいる自動車には迷惑なのである。
だから(めんどくさいこともあるけれど)、わたしはボタンを押さないで渡っている。
法律がどうして「正しい」のかわたしはわからない。
みんなが決めたことだからと言われても、
どうしてみんなの言うことが「正しい」のかって話。

創価学会には不正の香りがぷんぷんするのである。
どうして学会員が不正(世間的悪)をするかといえば、私利私欲もあろうが、
それだけではなく「池田先生のため」という理由もあるのである。
「天皇陛下のため」に一致団結して国防戦争をするのは、
それは戦争はよくないことだけれども、ある種の昂揚はあるわけでしょう?
戦争はよくないけれど、国を守るために兵隊として戦うというのは、
ある意味で英雄的な生き方とも言えよう(戦争はよくないが)。
学会員さんは「池田先生のため」に日々勝負をしているのである。
勝負とは闘えということで、個人闘争(個人戦争)と見てよい。
いや、創価学会はかならず群れるから集団闘争をしていると言えよう。
毎日だらだら生きるよりも勝負の人生を生きるほうが充実しているのかもしれない。

本書のテーマのひとつは東村山市の朝木明代市議の転落死事故問題である。
当時、朝木明代市議は公明党(創価学会)と業者の癒着を追及していた。
例によって暴力団もかかわっていたようだ。
後藤組の元組長の書いた「憚りながら」で
紹介された富士宮市スキャンダルとまるでおなじ構図だ。
東村山市の不正というのは、ゴミ利権、都営住宅利権、市役所就職利権である。
わたしはこれを世間的尺度から絶対悪だと裁いていいのかわからない。
というのも、わたしだって創価学会のコネでいい思いをしたいからである。
正直、できたら安い都営住宅に入りたいし、
いいところに就職(バイト)を斡旋してほしい。
そして、わからないが、いままでわたしも創価学会の恩恵を受けてきたかもしれない。
それにさ、有名人の息子だったら
テレビ局に無試験で入れるわけでしょう(みのもんた!)。
世の中ってそういう不正にまみれているじゃないですか?
クリーンな顔をしている有名人のお子さんだって、みんな恵まれているわけで。
学会員はあまり恵まれていない人が多い組織とされている。
そういう不遇な人たちが連帯して助け合っているのを社会不正と言い切ってよいのか。

朝木明代市議は正義の闘士だったのである。
わたしは正義を声高に訴える人というのがどうも苦手である。
そのうえ朝木明代市議は個人として創価学会に立ち向かっていたわけではない。
やはり群れるのである。つるむのである。
「反創価学会」のシンポジウムに参加して正義を訴える先生なのである。
そういうお偉い先生の転落死事故をどう見るかという問題である。
あれは後藤組の組員が朝木明代市議を殺したのか、それとも自殺なのか。

死の直前に不可解な事件が起きている。
朝木明代市議が洋品店で1900円のシャツを1枚万引きしたという。
これはあるはずがなく、
おそらく「池田先生>反創価学会の先生」の信念にとりつかれた、
正義の創価学会員による自作自演だろう。
複数が協力すれば、いち個人をも犯罪者に仕立てあげることができるのである。
おそらくこれは洋品店の主人(創価学会系)が
朝木明代市議のカバンかなにかに隙を見てこっそりシャツを入れたのだろう。
そうしてから「万引きだ、万引きだ」と大声を出して追いかける。
そばに学会員を配置して、証人もつくっておく。
そうして被害届を出したらば、犯罪立件一丁上がりとなるわけである。
おそらく、このようなことをされた朝木明代市議は心底から恐怖したのではないか。
そこまでやるのか! しかし、証人がいるから自分が犯人になってしまう。
いったいなにが善でなにが悪で、自分がなんだかわからなくなったはずである。
こんなことをされたらノイローゼになる。
町を歩いていても、だれが学会員かわからないのである。
そして反創価学会運動をしていたら、学会員からなにをされるかわからない。
池田先生の悪口をいうものは「池田先生のため」になにをしてもいい。
そう考えるのが一部の創価学会員である。
むろんそんなことをするのは極めて少数で断じて全員がそうだとは言っていない。
で、こういうことをされた朝木明代市議は女性のこともあり、
恐怖感が増してなにを見ても創価学会からの攻撃に思えてしまったのではないか。
そして、なにがなんだかわからなくなり飛び降り自殺をしてしまった。
わたしはこの件では後藤組はかかわっていないと予測する。

犯罪というのは証拠と証人がすべてである。
証拠をうまく偽造し、証人を複数つくっておけば、
無罪の人をも有罪に仕立てあげられる。
この万引騒動のあと、反創価学会でお仲間の矢野市議は
深夜に男性複数とトラブルになったらしいが、そのときの状況をこう説明する。

「はじめは挑発するだけで、しばらく手を出そうとしない。
おそらくはじめは私に抵抗させて警察を呼び、朝木市議の万引きに続いて、
私を『暴力市議』にでっち上げようとしたんだと思います。
今考えれば、車を止めていた二人もグルだったんでしょう」(P29)


さもありなんである。いかにも学会の一部精鋭部隊がやりそうなことである。
一般の学会員はとてもいい人が多いけれど、
なかにはこういうことを「池田先生のため」にする人もいるような気がする。
結局、朝木明代市議が死んだおかげで、
助かった庶民(学会員)も大勢いたのである。
政治家の娘がコネで大手マスコミに入るのはよくて、
貧しい学会員がゴミ収集会社に優先的に就職できるのはよくないとは言い切れない。

しかし、本書の記載にもデタラメがある。
富士宮スキャンダルに事実誤認がある。
ブルドーザー事件が起こったのは「百条委員会」事件よりはるかむかしである。
被害者の市民活動家は片腕を切り落とされたが、死亡はしていない。
幸福の科学が出したこの本をどこまで信用していいのかはわからない。

おもしろかったところを紹介する。
山口県の婦人部のおばさんがこう言っていたという。

「自分は全財産を二度、財務[寄付金]に出した。
三度、全財産を財務すると、どんな宿命転換もできる」(P155)


山口県の県長。

「池田先生が海外へ行くには莫大な金が必要。
とくに各国の大物と会うためには、手ぶらではいけない。
そのために財務しましょう。これは何倍にもなって返ってくる」(P156)


福岡県の婦人部長

「みなさーん、一万円もっている人が一万円出せば功徳をもらえます。
三万円もっている人が一万円だと罰を受けます」(P156)


こういうおもしろい発言って「聖教新聞」に載っているのかなあ。
だったら取ってみるのも悪くないような気もする。
でも、ひとりで何部も取っている人もいるだろうから
資源節約のためそういう人からもらいたい。
ああ、学会員でも「聖教新聞」さえ取っておらず、
財務もゼロの人がいることを別の本で知った。
公明党の一票だけでもいいのかもしれない。
例の「憚りながら」のヤクザが書いていたけれど。

「だいたい(創価)学会の信者と違って、普通の人は投票なんて行かないんだから。
面倒くさいもの。それより家で、碁や将棋でもやっていたほうが楽しいだろ。
「俺の一票で日本が変わる」なんて思うことは滅多にないから」


ヤクザと敵対する警察OBの証言が本書に掲載されている。

「都議会議員には、警視庁の上の人でも頭が上がらない。
最敬礼待遇ですよ。やっぱり予算を握られていますから。
私の経験でも、令状をとっていよいよ逮捕というときに、
公明の議員からストップがかかりましてね、逮捕できなかったことがある。
こんなのしょっちゅうですよ。みんなあまりいわないけれど」(P251)


まあ、世の中そんなもんなんでしょうね。
こういう警察と創価学会の癒着を知っていたから、
まえにも紹介したけれど、以下の脅迫鍵コメントがブログに来たときは心底ビビった。

やっちまったな、あんた。だから精神科に行けと言ったのに。

もう手遅れだ。ガサ入れは朝一番で来るからそのつもりでな。



わたしは創価学会の味方ですから、ガサ入れとか正直勘弁してください。
こういう本を読んでいるのは創価学会に興味があるから、好きだからなんですよ。

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