「最澄を語る」

「NHKこころをよむ 最澄を語る」(瀬戸内寂聴/ラジオテキスト)

→日本仏教史上、だれがいちばん偉いかといったら最澄ではないかと思う。
わたしは偏差値40の女子高生に向けてこのブログを書いているけれど(うそこけ)、
うちのブログの予想読者さまはおそらく最澄なんて知らないと思う。
空海、最澄の最澄っていってもだれそれよねえ?
むかしむかし奈良仏教っていう権力が腐敗したきったねえ仏教があったんだ。
そこに最澄さまはさっそうと現われ、唐(中国)に留学して天台宗を学んできたんだ。
そして、日本で天台宗を開き、
法然も親鸞も道元も日蓮もみんな天台宗のお世話になっているわけだ。
天台宗のなにがすごいかといったら、天台本覚論といわれているものである。
人間(生きもの?)はみんな仏性を生まれながらに持っているという仏教の考え方だ。
天台本覚論に支えられて南無阿弥陀仏も南無妙法蓮華経も出てきたといえば、
最澄がどれだけすごいかわかるかな、そこの偏差値40学会員男女高校生諸君!

最澄はいかにも瀬戸内寂聴から好かれそうな純粋な男である。
十代のころお寺へ仏教を勉強しに行ったけれど、
なんてここは腐った世界なんだと嫌気がさしたわけである。
現代日本でもキリスト教会でもそうだろうけれど、組織(権力)はかならず腐敗するのだ。
よく知らないけれど、アカデミズム(学問)の世界でもそうでしょう?
最初は真理を勉強したいと思って入っても、なかはそれどころではないわけで。
真実なんてどうでもよく、どの教授に気に入ってもらえるかがすべて。
師匠の学説に異論を唱えるなんてとんでもない話で、いかに媚びるかの世界。
師匠筋に逆らったら、だれにも相手にされなくなってしまう。
いかに研究仲間の足を引っ張り、上から気に入られ、引き上げてもらうか。
本を百冊読むよりも指導教授のご自宅のお庭の草刈りをしたほうがよほどいい。
「正しい」ことなんてどうでもよく、
いかに「師弟不二」を実践して師匠のために汗を流すかで評価される。
けっ、こんな世界はうんざりだと十代にして最澄は思ったわけである。
そして、最澄は山に引きこもり独学で仏教を勉強しようとする。
どうやら父親がスポンサーになったようである。
結局、19~31歳まで12年間も最澄はいまでいうニート引きこもりをやったわけだ。
このときの最澄の気持を彼のファンである瀬戸内寂聴さんはこう解説している。

「人間はなぜ生まれてきたのか、人間とは一体何か、
この世はどうしてこんなに苦しいのか、我々は死ぬと一体どこへ行くのだろう、
どういう死に方があるのだろう」(P30)


これって結局のところ2015年の現代でも「正しい」答えは出ていない問題なのである。
みなさんこの問いから逃れるために学校へ行き、会社へ行き、
定年後は人生まあこんなものかと思って、
最後まで究極の問いはうやむやにしたまま走馬灯がどうだとかほざきながら死んでいく。
ところが最澄はこの究極の問いに19~31歳まで孤独に向き合った。
19~31歳なんて(よく知らんが)人生でいちばん充実したときでしょう?
そういうときにひとりで山にこもって最澄は仏教を独学したわけである。
奈良仏教の腐敗した煩悩まみれの師匠のいうことなど我は信じぬ。
みんながみんな「先生、先生!」と師匠に媚びるが我は我が道を行くぞ。
先生に認められることよりも、我が真実を知らんと欲する。
具体的に最澄は山でなにをしていたかというと、お経を繰り返し読んでいたのだと思う。
経験してみたらわかるはずだが、
重要な本は百回、二百回と読まないと意味がわからない。
百回目でわかることがあれば、二百回目でわかることもある。
お経の意味とはだれかに教わるものではなく、そのように気づくものなのだろう。

最澄は我が真実に到達したら、それでいいと思っていたのだろう。
ところが、その最澄に目をつけた権力者がいたのである。
和気清麻呂という貴族である。
あるいは日本史のなかでいちばん偉大なのはこの和気清麻呂ではないか。
なぜなら和気清麻呂は本物を見破る目を持っていたからである。
最澄は空海と正反対な純粋な男だから、自ら出世工作などしたはずがないし、
そもそも出世の意味さえも知らなかったのではないか。
和気清麻呂はなんの肩書もない独学ニート引きこもり野郎を天才だと見抜いた。
この最澄という青年は師匠も肩書もないが本物に違いない。
和気清麻呂は最澄を引き上げてやり(偉い坊さんとしての肩書を与え)、
そのうえでときの最高権力者の桓武天皇にも逢わせてやる。
そうしたら孤独なニート引きこもり野郎に過ぎなかった最澄を天皇も気に入ってしまう。
和気清麻呂は最澄こそ日本の仏教界を変える天才だと確信した。
そして、歴史を見ると実際にそうなっているのである。
和気清麻呂は最澄に箔(はく)をつけてやるために多額の留学費用まで出す。
唐(中国)になど留学しなくても最澄は天才だと和気清麻呂は思っていたが、
それでは世間で通用しないので赤の他人に過ぎぬ最澄に大金を与えた。
最澄は遣唐使として中国遊学に行くが、通訳もついた特別待遇だった。
そう、最澄はお経は読めたが、当時の中国語はできなかったのである。
これは最澄に師匠がいなかった証拠にもなるであろう。
外国語の読み書きは独学でもできるが、会話は先生がいないと無理なのである。
そのうえ最澄は中国へいまさら勉強に行ったわけではない。
いまの中国仏教のレベルはどのくらいだろうと確認しに行ったようなもの。

最澄は唐(中国)に1年も滞在せず日本に戻ってくる。
おそらく中国寺院仏教も日本同様に腐敗していることを見てげんなりしたのではないか。
最澄が偉いのは中国で当時流行の最新仏教、
密教には目もくれず天台仏教を吸収してきたところである。
じつのところ中国天台宗は日本でさえ古い時代遅れの仏教だったのである。
奈良仏教(南都六宗)は華厳哲学や唯識思想が中心である。
法華経を中心にすえた智顗(チギ)の天台宗は日本奈良仏教よりも古かった。
にもかかわらず、最澄はおのれがこれと信じた天台宗の教えを耳で学んだ。
書かれていることにはほとんど日本で目を通しているのである。
通訳がいるからあとは短期間の耳学問で十分だ。

さて、海外で箔(はく)をつけて帰ってきた最澄は日本でなにをするか。
先輩(奈良仏教/南都六宗)と大喧嘩をするのである。
うまく先輩にはあたまを下げればいいのに最澄は純粋だからそれができないのである。
最澄は先輩の、個人名をあげれば法相宗の徳一と論争する。
法相宗では唯識思想が重んじられているが、あれはとにかく難しい。
わたしもかじろうとしたことがあるけれど、笑えるくらいに意味不明の学問仏教だ。
そういう難解な仏教を学問しているお坊さんは、いうなれば努力家でしょう?
努力家は努力していないと自分が思う人を毛嫌いするもの。
法相宗の立場としては天台本覚論(みんな仏性を持っている)は認められないわけ。
みんながみんな仏性を持っている(成仏できる)のならば、
こんな難解な唯識学問を勉強しているおれたちの努力はどうなるんだよって話。
世の中には救われる人と救われない人がいる。
具体的には生まれもよく難解な唯識思想を研究しているおれたちは救われるが、
そこらで生まれて死んでいくだけの虫けら庶民は救われるはずがない。
――いいか、おまえら、このとき最澄ががんばらなかったら
浄土真宗も創価学会もなかったんだからな。
桓武天皇はしょうがねえなってことで最澄に日本天台宗を開く許可を与える。
ここからわかるのはここぞというときに喧嘩をするのがいかに大事かということ。
先輩べったり、古株依存、既存権力礼賛もいいのだろうが、
ときに人生で一度くらいなら「上」との喧嘩という大きな賭けに出てもいい。

とはいえ、最澄の運はここまで。
落ちぶれたおっさんが歴史を見ると、歴史とは運と偶然がすべてに思えてしまう。
最澄を重んじていた桓武天皇が死んで、嵯峨天皇の御世になる。
嵯峨天皇の寵愛したのが現世利益を強烈アピールする呪術家の空海である。
それでも最澄のほうが空海よりも先輩だし年上だしベテランだし、
格でいえば天台宗の開祖である最澄のほうが空海よりもはるかに上だったのだ。
空海はペテン師の商売人で中国から多くの密教経典を持ち帰ったのである。
読書家の最澄は6歳年下の空海の持っている本を読みたくて仕方がない。
そのためどうしたかというと最澄が格下の空海の弟子になってしまったわけだ。
最澄の求めているものは我が真実だったから、格などどうでもよかったのかもしれない。
最澄は商売っ気のまるでない本当の天才だったのである。
好奇心のかたまりのような男だった。世渡りが下手だった。

晩年の最澄は世渡り上手の空海にほんろうされまくって死んでいく。
最澄が格下で年下の空海に密教を教えてくれと頼む。
空海の回答は「大金を寄越せ」「おれの奴隷になれ」である(意味としては)。
世間を知っている空海は最澄の最愛の弟子まで奪ってしまう。
空海は最澄をうまいこと利用してのしあがったようなところがある。
法相宗の徳一とは喧嘩もできた最澄だが、空海はあまりにも世間師で山師なので
どう対応したらいいかわからず困惑するだけである。
最澄と空海はある本の貸し借りをめぐって決別するのだが、ここが象徴的である。
最澄は本を読めば世界がわかると思っている。
だが、空海はいくら本を読んでも世間はわからないだろうと言いたかった。
世界と世間は異なりますぞ。

本当のところ、山師の空海は
秀才の最澄におのれのインチキを見破られるのが怖かったのだろう。
空海の威光というのは(得体の知れない)恵果(けいか)の弟子というだけである。
師匠が偉いからおれも偉いとうそぶいて天才ぶったのが空海である。
最澄は純粋な好奇心から12年も仏教を独学した本物の天才である。
山師の空海は天才の最澄を弟子にすることでどれほど満足感を得たか。
しかし、最澄は空海から次々に本を借りていく。
イカサマ師に過ぎない自分の正体がばれてしまうと空海が恐れたのは当然である。
空海が最澄を切ったのは、空海程度にもわかるほど最澄が天才だったからだろう。
空海は最澄さまにひどいことをしているのである。
どうして空海ごときが弘法大師とあがめられているのかさっぱりわからないが、
世間というのはそういうものなのだろう。
存命時だけを考えたら人生で大勝利したのは空海で、
最澄は空海に負けたといってもよかろう。
しかし、日本仏教史を広く見たら山師の空海ごときは最澄の敵ではない。
最澄の天台宗から、どれほどの逸材か輩出されたか。本物は本物なのである。

最澄が19歳のとき、孤独ニート引きこもり生活に入るまえに書いた文が残っている。
このわかりやすいテキストから一部引用する。

「明らかなるかな善悪の因果。
誰(いずく)の有慚(うざん)の人か、この典(のり/仏法)を信ぜらんや。
然れば則ち、善因を知りて而(しか)も苦果を畏(おそ)れざるを、
釈尊は闡提(せんだい)と遮したまひ、
人身を得て徒(いたづら)に善業を作(な)さざるを、聖教に空手と嘖めたまへり」(P31)


意味は偏差値40の男女高校生や、多忙な会社員にはわからないと思う。
ご理解いただきたいのは、最澄すら最澄さえ、いや最澄だからか、
善悪の問題から仏教の世界に分け入っているところである。
なにが善でなにが悪なのか。なにがよくてなにが悪いのか。
どう生きれば善で、どう生きたら悪になるのか。
金を儲ければ善なのか。出世すれば善なのか。殺人は悪なのか。自殺は悪なのか。
先生がおっしゃることはかならず絶対に永遠に善であるのか。

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