善悪について

これは机上の空論と言われたら、たしかにそうなんだけれど、
ある現象は善でも悪でもないわけだよね。
とはいえ、死別や離婚、病気、身体障害、貧困を善と見るのは難しいでしょうが。
けれども、現象をそのまま見たら(仏眼?)、それは善でも悪でもないかもしれない。
それは善の面もあるし、悪の面もあるという考え方もできる。
我われは悪に対してどう対処するか。
悪の原因を探し出し排除し、善の努力をしたら、悪が善に変化すると信じている。
結果として、悪が善に変わることも変わらないこともどちらもある。
うまく行かなかったら何度も悪の原因を探し出そうとする。
うまく行かなかったら何度も最良の方策を試してみる。
悪が善に変わったら、やはりあの原因が悪だったのだと思う。
悪が善に変わったら、やはりあの善の努力が功を奏したのだと誇る。
本当はわからなくて、「とき」が悪を自然に善に変えたかもしれないのだが。
善というのは怖い状態で、善はかならず「とき」が悪に変える。
本当は現象自体は善も悪もなく、言い換えれば善も悪も同時に含んでいて、
時間経過とともに悪の部分が出現しただけかもしれないのだが。

善とか悪とか、なんなのだろうねって話。
最近、コメント欄にかなり過激な批判コメントが続いている。
コメントの書き手は、自分こそ善でわたしが悪だと思っているわけでしょう。
わたしはべつに善も悪もないというか、
いやあ、あなたは自分を善だとお思いなんでしょうね、というか。
いまのわたしの生活状態は善とも悪とも言えるわけ。
善でもないし悪でもないとも言える。
「努力しろ」とかコメント欄で説教されたけれど、努力して悪くなることもあるわけで。
ある人から見たらいまのわたしは不幸(悪)だし、
べつの人が見たらいまのわたしは幸福(善)だろう。
自分はどうかって言うと、
不幸だと思うときもあれば、幸福に感謝したくなるときもある。
出勤まえに法華経の方便品第二を読誦したら、こんなことを考えてしまったよ。
よくわからないけれど、法華経の説く「諸法実相」ってこういうことでは?
違うよね? ごめんなさい、ごめんなさい!

COMMENT

ACR URL @
10/25 12:57
論語読みの. 物事には善悪の区別無く、ただ実体のみが存在する
ゆえに善悪は人の心が作り出すものと説法するのであれば
なぜ、未だにシナリオセンター日記を誇らしげに語るのか?
ブログ主に批判的な立場から見れば、意趣返しのためにシナリオセンター日記を
ネット上の検索しやすい場所においてあるとしか思えないが。
そのようにブログ主の復讐心から他人を煽るようなマネを継続しているのに今更も糞もないだろう。
6年経ったというが初めて読む人間もいるのだ。
私のような人間をひきつけているのは、まさにそういったブログ主自身の業だ。
名無し URL @
11/01 02:47
. 河合隼雄の何かの本で読んだのかな
あれこれ策を尽くして努力してる人がなかなかうまくいかず、座ってタバコふかしてぼーっとしてる人の方が何故かうまくいった…って話があったのを思い出した



人生も善悪も、単純じゃないんだよねぇ

今ここ、目の前で起こってる幸不幸や善悪に、時間という座標も加えて俯瞰視点で眺めないとわからないことがあるんだろうな。
最近、その事を身につまされるよ
Yonda? URL @
11/08 09:24
名無しさんへ. 

死ぬまでなにもしないでボーっとしていられるやつは天才だと詩人の田村隆一が言っていました。








 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/4302-f4369467