「飛ぶ教室」

「飛ぶ教室」(ケストナー/丘沢静也訳/光文社古典新訳文庫)

→児童文学の古典、ケストナーの「飛ぶ教室」をいいおっさんが読む。
ひと言でまとめれば、友情が孤独に勝利する物語である。
孤独の象徴ともいうべきヘビースモーカーの中年男性「禁煙さん」が
物語の最後で仲間に加わり、めでたしめでたしとなる。
医者だった「禁煙さん」が孤独になったきっかけは不運にも妻子に先立たれたからである。
「禁煙さん」は仕事を辞めて、親友のまえからもすがたを消した。
いまは底辺居酒屋でピアノ演奏のアルバイトをして小金を稼いでいる。

「でさ、このね、うるさくって低俗な居酒屋で、不思議な孤独を感じるのさ。
どこかの森のなかにいるみたいな」(P160)


こんな気障(きざ)なことをいう孤独な中年男性を少年たちはなぜか慕っている。

「禁煙さんはイブをひとりぼっちで過ごすはずだ。
少年たちはそれを気の毒に思っていた」(P47)


少年たちの活躍で「禁煙さん」はかつての親友と再会する。
おかげで「禁煙さん」もイブは親友と過ごすことができるようになる。
イブにひとりぼっちではなくなる。
この少年たちの友情物語の登場人物でひとり孤独な男の子がいる。
孤独な彼はほとんど作者からエピソードを与えられていないが、
孤独な少年ゼバスティアンはこの友情物語にいなければならなかった。
孤独なゼバスティアンがいることでみなが友情ごっこを演じられているのだ。
いつも冷静で皮肉屋のゼバスティアンはこんな男の子である。

「ゼバスティアンには親友がいなかった。
「ゼバスティアンには親友がいらないんだ」と、みんなからずっと思われていた。
だがいまは、ゼバスティアンも孤独に苦しんでいることが感じられた。
きっとゼバスティアンは、それほど幸せな人間ではないのだ」(P149)


本当はみんながみんなゼバスティアンなのだろうが、
それではあんまりにもひとりぼっちで孤独すぎるから友情を演じる。
家族を頼るものもいよう。会社の同僚に仲間意識を持つものもいるだろう。
人間はみんなひとりぼっちだが、ひとりぼっちはしんどい。
現実にはめったにない仲間のよさ、
友情のすばらしさを描いた「飛ぶ教室」が古今愛される理由かと思われる。

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