「お経の基本がわかる小辞典」

「お経の基本がわかる小辞典」(松涛弘道/PHP新書)

→これはたいへんな労作だと思うが、
こんな良書が定価でもわずか820円で買えてしまう日本という国は、
相当な文化大国と言ってもいいのではないだろうか。
仏の教えは一説には8万4千あるとも言われ、もとよりぜんぶ読んだ人はいないのである。
したがって、それは仏教の教えではない、
と言い切れる人は世界中どこにもいないことになる。
どこかに書いてあるかもしれないわけだから。
本書ではインド、中国、日本のお経3360から150余を厳選し、
短いながらわかりやすい解説を付して紹介したいわばガイドブックである。
意地悪なことを言うと、著者でさえこの150全部を完読してはいないと思う。
しかし、それでも、これだけのお経をたったひとりで解説できるのは立派である。
内容は的確でわかりやすく、もっと評価されてもいいのではないかと思う。
かなり既読のお経もあったが、忘れていたものも多く、思い出すのに役立った。
いざというときにそばにあると便利な小著ではないか。
本書を読んで「チベット死者の書」と「沙石集」に興味を持った。

話は飛ぶが、まえまえから書いてきたことだが、
本や映画を個人的にすすめられるのはあまりいい気分がしない。
だれかが不特定多数にすすめているものを自分から読もう観ようとするのならいい。
しかし、知人から「これを読んでくれ」とか言われると、え、それはちょっと……。
そういうことをする人は、
自分が相手の師僧や先輩、指導者にでもなったつもりなのだろうか。
いや、わたしも若いころはこれを読んでくださいと人にお願いしたことがあるから、
気持はわからなくないのである。
自分の考えを言葉でうまく表現できない人は、
他人の作品で自分の意見を伝えようとするのだろう。
しかし、いいかな、ある作品を読んで、自分がある感想をいだいだからといって、
自分とはまったく経験も感受性も異なる人がおなじように受け取るかといったら、
それは間違いと言わざるをえない。
そのうえ、人から推薦されたという理由でバイアスがかかるだろう。
権力上偉い人やビジネス上関係のある人から推薦された本は、
常識人なら自分の本当の感想は言わずに相手の気持を考えよかったと答えるだろう。
だれもが時間と金は有限である。
わたしがもし人からすすめられた本を読んだとしたら、
それは最高のサービスだと思ってください。

本は自分から読んで、自分で発見しなければ意味がないところがあるのではないか。
あまたあるお経はよりいっそう、そのような面が強いと思う。
法然が南無阿弥陀仏を選択したのは、日本思想史上じつに大きな事件であった。

「鎌倉時代の浄土宗の開祖法然は、若くして智慧第一と喧伝(けんでん)され、
当時の宗教界のメッカであった比叡山において学問と修行に励んできた。
しかしながら、自ら納得する教えに出会えず、山を下りた。
そして日夜展開される喧噪のちまたに目もくれず、
比叡山西塔黒谷(いまの青龍寺)において、
「嘆きなげき経蔵に入り、悲しみかなしみ聖教(しょうぎょう)に向かい」(『四十八巻伝』)、
膨大な仏教経典の集大成である「大蔵経」を五回も繰り返し読破し、
その中からついに中国の善導の著した『観無量寿経疏』
という万人が救われるお経の一節を見いだしたといわれている。
現代に生きるわれわれは、この法然と同じように、
仏の教えを伝えたお経の全貌を知ったうえで、自らの人生経験に照らし合わせて
自分がほんとうに納得する教えを選び取るべきではなかろうか」(P6)


人それぞれ選び取る仏の教えが違ってもいいのである。
なぜなら、それぞれ人生経験や趣味嗜好が異なるのだから、
それはそれで仕方がないではないか。
自分が選び取った(と思わされているものもいよう)ものを他人に強制するのはおかしい。
多くの仏教徒は選び取ったというよりも、家の習慣のようなものだろう。
家が浄土真宗だったら子もそうなり、創価学会の家に生まれたら二世、三世と続くだろう。
それもまた悪くないと思うが、悩み深い人は自分でいろいろ見てみるのも悪くない。
日蓮大聖人しか知らない人が、他宗を攻撃するのはあまりいただけない。
とはいえ、一般人はどんなお経があるのかなかなか知ることができないのである。
ある宗派に入ってしまったら、そこのお経しか勉強できないだろう。
大学院に入ったところで、かならず専門に分かれるから広く仏教全体を学ぶことは難しい。
この本のようなお経のガイドブックが貴重なゆえんである。

本書では「今昔物語」まで仏典としてあつかっているのだから守備範囲が広い。
「恋の虜(とりこ)になって仏道に励む話」がたいへんおもしろかった。
ちょっと話を変えながら紹介すると、若いお坊さんがいたという。
旅をしているとき夜になり、宿もないのである家に泊めてくれと頼んだという。
そこにはハッとするほどの美少女がひとりで留守番をしていた。
自分は仏道を学ぶ僧だから、こんな年端もいかぬ少女になど関心はないと思う。
しかし、相手を見まい見まいとするほど少女のことが気になってしまう。
また少女のほうもわざとか無意識なのか無防備な姿勢で若い坊主を刺激する。
深夜たまらなくなった坊主は美少女の部屋に押し入った。
少女は若い僧をこばみ、法華経をそらで言えますか? とたずねる。
僧は首を振る。法華経を暗記してきたら、あたしを抱いてもよくってよ。
それを聞いた若い坊主は寺に帰り、必死になって法華経を暗記したという。
翌晩、またその家に行くと、また少女がひとりで留守番している。
若い坊主が迫ると少女はいさぎよく全裸になり「立派なお坊さんが好き」という。
「3年間、山にこもって修行して立派なお坊さんになったら、
あたし、あなたのおもちゃになってあげる」
それを聞いた坊主は、たしかにこの美少女と自分はまだつり合っていないと思い、
山で厳しい修業を3年積んだ若い僧は本当に立派なお坊さんになり煩悩も消えたという。
じつはこの色気ある少女は仏さまの化身であった――。
これってハニートラップのようなものだと言えなくもないわけだ。
結果オーライの法華経の世界をこんなにうまく下世話に描いた物語はないと思う。
創価学会も色仕掛け折伏とかむかしはやったのかなあ。

仏教は慈悲だというなら、美女はもてない男にやさしくしてやればいいんだよねえ。
美しい身体を無料で与えるとか最大の慈悲ではないか。
本当に仏さまの慈悲を理解した尼さんは無料売春婦になるのではないかとも思う。
仏教は自利と利他があるという。
この本に紹介されていた道元の話がおもしろかった。
中国留学中の道元が禅語録を読んでいると、ひとりの禅僧が通りかかった。
「なんのためにそんなものを読んでいるんだ?」
「先輩の悟りを知りたくて」
「そんなものを知ってどうする?」
「日本に帰ったとき教えを広めようと」
「なんのために?」
「他人を救うためというか……」
「結局、なんのためなんだ?」
「……(道元、絶句する)」

「しかし、のちに興聖寺の開堂の折に道元が、
「当下に眼横鼻直(がんのうびちょく/あるがまま)なることを認得して人瞞を被むらず」
と語っているように、仏教を学ぶということは
お経の文句を知ることでもなければ、仏を拝することでも、人を教化することでもない。
それは自分に与えられた人生を、本来の自己に立ち返ってあるがままに
生きることにほかならないというのが彼の悟りだったのだろう」(P204)


それぞれがそれぞれの人生経験からそれぞれの真理をつかむしかない。
真理や悟りのようなものは、人から教えてもらうものではない。
仕事の手順なら教えられようが、悟りまで教えてもらえると思うのは甘い。
禅の典籍「碧巌録(へきがんろく)」にこういう話があるという。

「禾山(かざん)が「勉強するのを聞といい、学ぶことがなくなったことをリンといい、
この二つを超越した境地を真過という」と言うと、
一人の僧が「では真過とはなんですか」と問うので、
禾山は「太鼓のドドーン」と答えた。
「では真の悟りとは」と問うと、また「太鼓のドドーン」と答えた。
「即心即仏は問いませんが、非心非仏とはどういう意味ですか」と問うと、
「太鼓のドドーン」と答えた。そこで僧は怒って、
「まじめに道を求めた人が来たときにはどうしますか」と問うと、
また「太鼓のドドーン」と答えたという。
この「ドドーン」の意味がわからないと悟れないらしい」(P160)


ドドーンは、他人に答えを求めるなという意味だと思う。
与えられた人生で自分でいろいろ経験して、
本が読めるのなら読んでもいいし、とにかく自分のあたまで考え、
自分の経験したことから自分だけの絶対的真理をつかむのが悟りだ。
1932年生まれの著者はいまは忘れられたストリンドベリを知っているのがよかった。
ストリンドベリはノルウェーのイプセンと比されることが多いスウェーデンの文豪。
ちなみにネット上でもっともストリンドベリについて饒舌に語っているのは「本の山」である。

「スウェーデンの作家アウグスト・ストリンドベリの『青の書』に次のような一節がある。
あるとき弟子が先生に「宗教とはなんのことですか」と尋ねたところ、
「きみが経験か直覚かですでに知っていなければ説明できない。
もし宗教とはなんのことだが知っているのなら、いろいろ説明することがある。
そしてきみにもわかるだろう」と答えたという」(P213)


天台宗の「六字名号略法華」という考え方がおもしろかった。
わたしは法華経信仰と阿弥陀仏信仰は矛盾しないと思っている。
法華経も「正しい」し、阿弥陀仏信仰も「正しい」。
天台宗ではふたつの信仰を「六字名号略法華」と称して調和しているとのこと。
天台宗のお勤めは――。

「お勤めは「朝題目夕念仏といわれるくらい朝には『法華経』を読み、
夕方には念仏を唱える。
初め日本天台の宗祖最澄(伝教大師)は円(天台)、密(密教)、禅、戒
を説くいろいろな教えを『法華経』によって統一したが、
平安時代の中ごろから西方浄土に往生する思想が盛んになった。
そして恵心僧都(源信)が寛和元(九八五)年に『往生要集』を著して
念仏の功徳を説いて以来、
阿弥陀仏の信仰と法華信仰とを調和させて「六字名号略法華」と称し、
法華と念仏の一体であることを強調している」(P252)


天台宗のエリート僧とは縁のなかった踊り念仏の一遍も、
夢告(夢のお告げ)をふくめた自分の経験と独自の勉強から、
念仏信仰と法華信仰は同一であると結論づけている。
最後に著者はうまく三国伝来の仏教の特徴をまとめているので紹介したい。
ご存じのようにインドでも中国でも仏教はほとんど消滅してしまったのである。
日本だけがインドも中国も使えないと捨てた仏教思想を、
舶来品崇拝ゆえか重宝している、と言えなくもあるまい。

「……お経の発展史上、
インドでつくられたお経には釈迦の人格や教えのぬくもりがあり、
中国のものはその教えを受け止めてどう解釈し、理論づけるかに特徴があり、
日本のものはそれをどう実践し、生活化するかに焦点が絞られているようだ。
すなわち、仏教の最高指針である三宝(仏法僧)にこの違いをあてはめると、
仏がインド、法が中国、僧が日本にあたろう。
インドに教派、中国に学派、わが国に宗派ができたのも
この間の事情をよく物語っている」(P262)


いまはわたしでさえ行ったことのあるくらい、
インドや中国に行くのはかんたんになったが、
平安時代や鎌倉時代はへたをすると命がけの旅になったのである。
中国から伝えられたインドの宗教がことさらありがたく思えたのは、
あるいはこのせいかもしれないなどと言ったら、身もふたもなさすぎるのかしら。
そのうえ、いち早く西洋文化を取り入れた日本のほうが、
いまでは少なくとも物質的な面ではインドや中国よりも豊かである。
たしか最澄なんて9ヶ月しか中国に留学しなかったのに、
日本に帰ってきたらものすごいデカい顔をしたわけでしょう。
空海だって留学経験はわずか2年なんだよなあ。仏教ってなんじゃらほい。

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09/03 07:20
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