「生きるのも死ぬのもイヤなきみへ」

「生きるのも死ぬのもイヤなきみへ」(中島義道/角川文庫)

→中島義道も小谷野敦も時給850円の書籍倉庫で働いたことがないんだろうなあ。
自分の書いた本をどんな人たちが世に出しているか一生目にすることはないのだろう。
わたしはいまのバイト先で働いて「本当の世界」を知ったような気がした。
ああ、これが本当なんだっていう、震えるようなおもしろさがあった。
これが真理なんだっていうねえ感動というか感激というか。
中島義道は真理を求めようとしない人たちを軽蔑しているようだが、
だったら、うちの倉庫にバイトにでも来ればいいのにと思ってしまう。
わたしは絶対的真理などなく、真理は人それぞれだと思っている。
だから、わたしがいまの職場で知った真理は「わたしの真理」なのだと思う。
しかし、これは絶対に真理だという自信がある。
それぞれそういう真理の求め方しかないような気がするのである。
真理は塾で先生から教わるものだろうか。
真理は本を読んで学ぶものだろうか。
真理は人それぞれだから、そういう真理もまた真理なのだろうが、いろいろな真理がある。
真理はひとつではないと気づいたときに人は悟りのようなものを得るのではないか。
学問ばかりしてきた哲学者の中島義道はゲーテの「ファウスト」を紹介する。
ファウスト博士は中島義道博士とどこか似ていなくもなく、
粉骨砕身して真理を追究してきた結果、努力が実り、社会的地位と名声を獲得した。

「だが、ふと気がついてみると、青春はかなたに過ぎ去ってしまった。
自分は学問以外何もしてこなかった。心弾むような人生の喜びを感じなかった。
自分の人生はあるいは失敗だったのではないか?
こうさいなまれているとき、
どこからともなくメフィストフェレス[悪魔]が彼の書斎に現われ、
その手引きでファウストは失われた人生を取り戻すために、世間に船出する。
メフィストフェレスはそのさい条件を一つだけもち出す。
それは、ファウストがある瞬間に満足してしまったら、
悪魔の手に落ちるということである。
何ごとにも満足しないファウストは、その賭けに勝つ自信があった。
いかなる瞬間も、全世界を肯定するということはありえないという自信があったから。
だが、彼は負けた!
開拓地で汗水流して働く老若男女たちを見ているうちに、ファウストは思わず
「時よ、留まれ、おまえはじつに美しい!」と叫んでしまったのだ」(P56)


わたしもいまの職場で何度ファウストのような感嘆をもらしたことだろう。
わたしは負けた!
「時よ、留まれ、おまえはじつに美しい!」といったい何度心のなかで叫んだか。
だが、ファウストと異なるのは汗水流して働く老若男女を見たからではない。
国籍多様な老若男女がけっこう適当にだらだら働いているのを見て感激したのだ。
くっちゃくっちゃおしゃべりしながら楽しそうに本をポンポン箱に投げている。
わたしがあれほど依存してきた書物を、まるでそれが石ころでもあるかのように、
ベトナムやネパールの人たちがあつかっている。
いつしかわたしも真似をするようになった。本なんてくだらない。
(*まじめにきちんと働いている人も大勢いらっしゃいますよ)
本なんかよりライン横のネパール人の内面を想像するほうがおもしろいのである。
このネパール人男性はわたしとはまったく異なる真理を持っていて、
それもまた真理であるに違いない。
このベトナム人の女の子はいったいなにを考えて毎日を送っているのかと思う。
うちの倉庫は真理の多様性が絵画のように表現されているところがあり、
ある面から見たら本当に美しい場所と言えよう。
いいところも悪いところも書きたいと思った。表現したいと思った。
なぜなら「生きる」とは――。

「……「生きる」とは、思索し、その結果を全否定し、また構築し、
それをまた完全に廃棄し、また考え直し、また反省し、
……という操作を[言葉で]ずっと繰り返すことだ。
これができるかぎり、表現者は生きていける」(P57)


しかし、表現は迷惑行為である。
ついにこのまえマネージャーさんから聞かれてしまった。
「(職場のことを)ブログを書きつづけますか?」
「それともこの仕事を辞めますか?」

COMMENT

カーバ URL @
08/30 16:16
. ふーん 自分のやってること、表現行為だとおもってんだぁ。あったま悪い感じ。




- URL @
08/31 01:57
小谷野敦. 君もソープランドで働いたこととか、DV夫の妻になるとかしたことはないよね。
Yonda? URL @
09/12 21:41
カーバさんへ. 

おお、おれはあたまが悪いぞ。
Yonda? URL @
09/12 21:52
小谷野敦さんへ. 

だから、他人のことは究極的には永遠にわからないのです。
よくそこにお気づきになりましたね。
かーば URL @
09/13 11:41
. yonda? さん,ご謙遜を。随分ひけらかしていらっしゃるじゃないですか。幼少からの難解?な読書遍歴を披露したり、学歴を時折チラつかせたりして、アタマいいぞ、アピールを充分なさってますよ。ま、そこがアタマ悪い感じだけどね。半端脳でしょう。変態者にありがちだけどね、失礼。comment
Yonda? URL @
09/21 19:03
かーばさんへ. 

わたしはあたまが悪いですよ?
それをご理解できないのがむしろ……。








 

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