「確率・統計であばくギャンブルのからくり」

「確率・統計であばくギャンブルのからくり 「絶対儲かる必勝法」のウソ」(谷岡一郎/講談社ブルーバックス)

→このブログはじつは女子高生に向けて書いているので(え?)、
これはみんな知っている常識のようなものだけれども、
いちおう庶民の夢である宝くじの裏側を書いておこう。
宝くじはみんなから集めたお金を一部の人に高額還元するシステムになっている。
ところが、巻き上げた金をぜんぶ還元するわけではない。
国が中抜きをしたあとのお金から分配するのである。
この中抜きを控除率(こうじょりつ/天引き)という。
宝くじの場合、どのくらい中抜きされるかというと(控除率は)53.2%。
われわれが返ってくると期待できる数字は(これを期待値という)46.8%。
だから、まあ毎年買えば買うほど損をするのである。
わたしが推薦する宝くじのいちばんいい買い方は1枚だけ買うこと。
宝くじは1枚買おうが千枚買おうが高額当選する確率はほぼゼロなのである。
ならば、1枚300円ぽっちで夢を買えるのはかなりお得だと思う。

競馬も集めたお金をすべて勝ち馬券保有者に分配しているわけではない。
胴元(JRA)が25%中抜きしたあとの75%を分配しているわけである。
難しく書くと競馬の期待値は75%で控除率は25%になる。
以下、本書から抜き書きすると――。
ルーレット(アメリカ):期待値94.74%、控除率5.26%
ルーレット(ヨーロッパ):期待値97.30%、控除率2.70%
外国はすごいなあ。以下、日本。
宝くじ:期待値46.8%、控除率53.2%
競馬・競輪・競艇:期待値75%、控除率25%
スポーツくじ(toto):期待値50%、控除率50%
パチンコ:期待値97~98%、控除率2~3%
麻雀(場所代は除く):期待値100%、控除率0%

麻雀は相互でお金を交換しているだけだから、
だれかが勝ったたぶんべつのだれかがかならず損をする。
驚いたのは、パチンコの期待値の高さなのである。
期待値が高いというのはお得ってこと。儲かる確率が高いってこと。
このパチンコの期待値は著者が独自に計算したもののようで、
そのかんたんな紹介もされているが、さすがに文系のわたしには理解できない。
これはもう大学教授という肩書を信じるかどうかの話だろう。
丸一日パチンコをやれば期待値は97~98%だという。
競馬なんかよりもだんぜんお得なわけである。良心的な遊びと言えなくもない。
なぜわずか2~3%の控除率で30兆円の産業ができるのかというと、
これまた著者によるとそれだけ分母の金が大きいからではないか、とのこと。
みんながパチンコに金を費やせば、
2~3%中抜きするだけで30兆円になるという理屈。
だとしたら、パチンカス(差別語)は情弱(情報弱者)ではなく賢者だったのかも。
けれども1日パチンコしているくらいだったら、本でも読んでいたほうがいいなあ。
あれえ、でもでも、「闇金ウシジマくん」を見ていると、
パチンコの期待値ってそんな高いか? ああ、そうかといま気づく。
毎日パチンコに行ったらこうなるのか。98%は0.98である。
0.98×0.98×0.98……。
これを10回いま携帯電話の計算機でやってみたら0.8(80%)まで落ちた。
30回とか計算したらどのくらい期待値は下がるのだろう。
パチンコ中毒はいまはパチンコ依存症という病名がついているけれど、
夢中になればなるほど泥沼にはまるような仕掛けになっているのか。
ああ、恐ろしい。現代の魔窟じゃん。近づかないぞ。
(注)わたしの間違いで毎日のパチンコ通いは従属事象ではなく独立事象かもしれません。

さて、ギャンブルというのはランダム(偶然)に支配されている。
自分は危ないギャンブルはやらず、
手堅いビジネスしか手にかけないという人もいるかもしれない。
ところが、社会学が専門の大学教授の著者は主張する。

「ここまで進めてきたギャンブルの話は、
そもそも対象とする事象が与えられた条件で「ランダム」に現われることが前提である。
たとえば、ダイス[サイコロ]の目は6分の1で、カードも残った状況に応じて
確率論的に一定の割合でランダムに出現する、というようにである。
「現実の社会はランダム性(偶然性)よりも予想された必然の世界である」
「特にビジネスなどにおいては」
と考える人は、現実の社会をよく知らない人だと思う。
いまの世の中は、皆が考えているより、はるかにランダムな世界なのである。
そのことを示す前に、「ランダム」とは何かを少し論じておこう。
ランダムという概念は、頭でわかったつもりでも、なかなか説明しづらい。
長期的には大数の法則どおりの振る舞いをするにもかかわらず、
短期的にはまさに「なんでもあり」だからである。
たとえば、ランダムに出現した結果として、
ダイス[サイコロ]の「1」の目が10回続くこともある。
その場ではとてもランダムに見えなくても、長期的にランダムであれば、
それは「ランダム」なのである」(P198)


大きく飛躍して人生論にしてしまうが、人生もまたランダムであると思う。
おそらく1万年単位、10万年単位に見たらランダムになっているのではないのだろうか。
わずか100年くらいなら、幸福ばかりの恵まれた人生もランダムとして存在しえる。
わずか70年そこらなら不幸ばかりの苦しみに満ちた人生もランダムの結果である。
人生はみんな公平にできているというのは、
へたをしたら1億年単位で人生を見比べたときに言えることなのかもしれない。
どういうことか。延々とした過去世も未来世も存在するということである。
現世で勝ちまくった人は、それを努力の結果と誇ることだろうが、
あんがいそんなものはランダム現象にすぎず、
来世ではたいへんな苦労をするのかもしれない。
新興宗教に入ったら現世利益が得られたという人は、
ただただランダムに起こっていることに勝手な因果関係を見ているだけなのかもしれない。
著者が主張するように、現実の社会は予測不能で、
短期的にはランダムの「なんでもあり」の様相をていしていると考えてみたらどうか?
怖ろしくなるだろうか? それともワクワクしてくるだろうか?
ランダムな世界にどう対応したらいいかも著者は教えてくれている。

「ビジネスの社会でも外交の世界でも(場合によっては恋や家庭のことでも)、
「かけひき」という名の心理戦が存在する。
人の心を読み、そのウラをかき、いつの間にか他人を自由に操っている人がいる。
逆にいつもウラをかかれる人もいる。
どうしてもウラをかかれる人にお勧めする方法がある。
それは、戦略の選択をランダムにすることである。
これは数学的に最も「負けない」戦略であること(「勝てる」という意味ではない)が、
「ゲーム理論」という理論で説明されている」(P203)


戦略の選択をランダム(偶然)にするとはどういうことか?
おそらくランダムにうまく乗っかるということだろう。
自分の計画よりも、ランダム(偶然)のほうを重んじで行動する。
ランダム(偶然)に起きたことによって選択を変えていく。
目標を立てて「こうしよう」「こうすべき」などと身構えて生きるのではなく、
世の中はどのみちランダムなのだからこちらも酔っぱらいのようにランダムに歩く。
目的地に行こうとシャカリキになるのではなく、偶然にまかせてふらふら散歩する。
究極のランダム行為は、宗教評論家のひろさちや先生がお勧めするサイコロ決定だろう。
人生、どちらにしようか迷ったときにサイコロで決めてしまうのである。
まえにも書いたが、わたしはまえの会社を辞めようかどうか迷ったときサイコロで決めた。

COMMENT

東方不敗 URL @
08/28 22:55
Yonda?さんへ. 次は、フィリップ・K・ディックの偶然世界を読んでみてくだしあ。
Yonda? URL @
09/12 21:39
東方不敗さんへ. 

教導ですか?
東方不敗 URL @
09/13 21:07
Yonda?さんへ. 

>教導ですか?

う~ん・・・

どちらかといえば、私はmRNAみたいな存在なので・・・
Yonda? URL @
09/21 19:06
東方不敗さんへ. 

ご自覚があられるのには感心いたしますです。








 

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