「ツキの法則」

「ツキの法則 「賭け方」と「勝敗」の科学」(谷岡一郎/PHP新書)

→ギャンブル社会学が専門の大学教授が書いた「ツキの法則」である。
たいへんおもしろく、刺激的な良書であった。
結論は、科学的(確率的)に見たらギャンブルはほぼかならずみんな負けるよ。
だから、ギャンブルをやるなというのではなく、著者はギャンブラーである。
競馬で勝てない理由というのは、胴元(JRA)が25%持って行ってしまうからだ。
試行回数が増えれば増えるほど競馬好き(全員)の投資金額は75%に近づく。
というか、正しくは個人として75%でも回収できればいいほう。
科学的(確率的)に見て、競馬に勝つかもしれない方法が存在しないわけではない。
それは――。
1.大穴に賭ける(本命は買わない)。
2.一点買いをする(ボックス買いはしない)。
3.ちまちま同金額で賭けないで、ここぞのときに大金で勝負する。
日本の競馬の場合、多くの人が遊べば遊ぶほど全体の元金は75%に減る。
これは「大数の法則」とよばれるものによるのだが、わからない人も多いかと。
高校生にもわかるように説明すると、サイコロを振ってみたらいい。
サイコロを10回振ったら出る目はまさにデタラメだろう。
しかし、1000回振ったらば、ある目の出る回数はかなり1/6に近づくはず。
これを「大数の法則」というのだが、うーん、高校生諸君、わかったかい?
ちなみに1~3の方法はかならず勝てる方法ではなく、
もしかしたら勝てるかもしれない方法である。
大きく勝てることもある代わりに大きく負ける可能性もある、まさにギャンブルだ。

著者が紹介していた「セルフ胴元ボックス」はおもしろかった。
箱にまず最初に10万円を入れて、それから実際には馬券を買わず、
買ったつもりでボックスと金銭のやりとりをするという方法だ。
これをやれば競馬も楽しめるし、1年後には箱のなかの金額が増えている。
さて、他人の馬券を代わりに買ってやることをノミ行為という。
どうせ外れるから実際は買わないという商法である。
万が一、当たったときだけしぶしぶ払えばいい。
ノミ行為は違法だが、かなり利益率の高い商売になることだろう。
競馬というのは国家がやっているかならず儲かる商売だが、
それを個人でやったら違法というのはおもしろい。

どんなギャンブルでも胴元が中抜きするから長時間やると負けてしまうのである。
ギャンブル店にとっていちばんいいお客は長時間遊んでくれる常連さんだ。
いちばん困るのは1回しか来ないで1回の大勝負を仕掛けてくる客。
これはいったいどういう理由によるのか。

「ギャンブルの目的が例えば「10万円の元手を二倍にすること」であるならば、
一番の近道は賭け金が二倍になる賭けに一度に全部賭けることである。
そうすれば約半分近くの者が目的を達成し、残りはゼロとなるだろう」(P185)


さて、人生をギャンブルと考えているものも少なからずいることだろう。
なぜならギャンブルとおなじように人生も勝者と敗者にわかれるからである。
みなが勝者にあこがれ、どうしたら人生の勝者になれるか日々あたまを悩ませている。
科学的に見たら、人生の勝者など統計的なある標本点というだけの存在価値しかない。
謙虚な人生の勝者がよく口にするツキなども科学的に見たらその実体はない。
日々、ツキを意識して勝利を目指している人も多いだろう。
しかし、著者によれば、ツキなど実体のない統計上の揺らぎにすぎない。
以下の指摘はおもしろい。

「じゃんけんの一〇回戦で八勝二敗、一〇勝ゼロ敗といった成績であった者は
「なんてツイているんだろう」と考え、場合によっては
「オレはジャンケンなら負けない。次に相手が何を出すかほとんどわかる」
などと考えることもある。
この連勝の状態は、統計上の揺らぎとして、
存在しないほうがおかしいほどの必然であるにもかかわらず、
それを自分の実力だと、あるいは「ツイている!」と勘違いするのである。
逆に一〇連敗した者は、「今日は厄日だ」などと自分のツキを呪うかもしれない。
じゃんけんの勝ち抜き戦で、九連勝どうしの二人が最後の一戦を行なった場合、
必ず一方は勝って一〇連勝となり、もう一方は負けて九勝一敗となる。
このとき負けた方は「自分のツキが変わった」と考える。
そして、ツキが変化したと考えるだけでなく、さらにその原因を探るのである」(P139)


どうして負けたんだろう? これは仏罰が当たったのか?
負けたからにはかならず原因があるはずだ。
その原因を突きとめたら、かならず次は勝てる。こんなことを考え、
なかにはインチキじゃんけん必勝法に高額を支払うものもいるかもしれない。
ツキに関してのわたしの考えは、
ツキのようなものは科学的(確率的、統計的)には存在しないのかもしれないが、
ツキの有無を信じていたほうが人生を楽しめるのだから、
ツキはあると思っていても構わないのではないか、というものである。

最後に変なことを書く。
ルーレットの赤黒を、サイコロで決めてやってみたらどうなるのだろうか。
赤に賭けるか黒に賭けるかを自分ではなく、サイコロの出目で決めてしまう。
偶数が出たら赤、奇数が出たら黒といったように。
これは偶然(ルーレット)に偶然(サイコロ)で勝負しているわけでしょう。
ルーレットにはゼロ(胴元による全部のコインの没収)があるから、
勝てる確率は低いのだろうが、1日くらいの試行回数ならばどうだろう。
もしルーレットの仕切り手が、
玉をどこに入れるかを決められるほどの技術を持っていたら、
まるっきり意味のない行為となってしまうのではあるけれども。

COMMENT

みずほ URL @
08/28 02:39
. サイコロだったら、ギャンブルという悩んでも仕方のないことに悩んで決断するといううっとうしさがなくなって、楽しくできそうな気がしなくもない...?
Yonda? URL @
08/28 21:54
みずほさんへ. 

だれにも他人の気持はわかりませんよねえ……。
東方不敗 URL @
08/28 23:02
. そういえば昔、代亜紀がテレビで「ラッキー クッキー もんじゃ焼き~」って歌ってたのを思い出した。








 

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