「頭の悪い日本語」

「頭の悪い日本語」(小谷野敦/新潮新書)

→最近、有名評論家の著者がよくわたしのことをブログで取り上げてくださるので、
感謝の表明というか、まさか逆鱗に触れることはないだろうが、
少なくとも怒らせてはいけないと思って、それに礼儀上の問題もあり、
「もてない男」で知られる、
しかし東大卒の美しい奥さんをお持ちの元大阪大学助教授のご本を拝読する。
まじめな読者はこの本を読んで居ずまいを正したりするのだろうか?
「頭の悪い日本語」を使わないようにしようと反省してみたり。
結局のところ「正しい」日本語とはなにか?
1.古い使用例がある。
2.多くの人が使っている。
この二点によるところが大きいと思う。
しかし、どんなに「正しい」日本語も最初は新語(造語)だったのである。
その新語が普及すれば「正しい」ものとなる。
でもさ、いくら「正しい」とはいえ、いま鎌倉時代の言葉を使っても通じないでしょ?
もとから誤字や誤用の多いわたしは「正しい」日本語にそこまでこだわっていない。
まあ、通じればいいじゃん、くらいのスタンス。
誤字や誤用があっても大半は意味が通じるのだから、それでいいのではないか。
外国人と働いていると、「正しい」日本語なんてどうでもよくなる。
そのうえ、人のミスを指摘するのって偉そうで「恥ずかしい」気がする。
人のミスばかり指摘しているうちに、
自分は「偉い」「正しい」とか勘違いするようになったら最悪ではないか。
小谷野さんは「正しい」ことを指摘するのがどうして「恥ずかしい」のかと
さっぱり理解できないふりをすることだろう。
しかし、いくら小谷野先生でも「恥ずかしい」という感情は残っているのである。
それは以下のエピソードからわかる。

「さて、私が二十歳のころ、ラジオで小澤征爾の弟の小澤幹雄が
「やわらかクラシック」という番組をやっていて、
そこで[幕間(まくあい)を]「まくま」と言った。
今だってこんなにやかましい私が二十歳なのだから、さてこそと葉書を出した。
すると五日もせず、小澤氏手書きの丁寧なお詫びの葉書が来て、
私はものすごく恥ずかしかった」(P142)


うわっ、それ思いっきり「恥ずかしい」ですよ。
どうせ小谷野青年のことだから、鬼の首でも取ったようなことを書いたんでしょ。
人のミスをこれ見よがしに指摘するのは、やはりどこか「恥ずかしい」のである。
だれだってミスをするし、ミスを指摘されたら、あまりいい気持はしないのだから。
うちのブログなんて誤字率、誤用率は異常なほど高いのではないか。
みんなやさしいし、そのまえにだれにも読まれていないから、気楽なもんさ。
わたしは日本語は(外国語も)通じればいいというスタンス。
どうして人間って自分を「頭がいい」と他人から思われたがるのかね。
著者も書いていたが、自分を賢そうに見せかけた文章ってお粗末なことが多い。
やたら漢字を使ったり、英語カタカナ表記を好んだり、哲学者の言葉を引用したり。
読んでいるこちらが赤面するような恥ずかしい日本語ってあると思う。
言葉の存在意義は自己虚飾ではなく(それも悪いとは言えないが)、
意味伝達が第一義のような気がする。
「本の山」が目指すのは偏差値40の女子高生にも読んでもらえる文章である。

COMMENT

- URL @
08/18 12:11
小谷野敦. 君のブログで誤字誤用を見たことはほとんどない。
... URL @
08/19 19:30
..... 偏差値40なら、まず「逆鱗」が読めないし解らないだろう。「スタンス」も英語カタカナ表記だから「ノリ」でいい。
Yonda? URL @
08/23 15:09
小谷野敦さんへ. 

それは目が節穴。
誤字脱字誤用ばかりのブログでR。
そして、それを恥じない厚顔がわが長所です。
誤りを指摘されても、ふーん、だし。
Yonda? URL @
08/23 15:10
...さんへ. 

「逆鱗」が読めなくても前後の文脈で意味がわかるはず。
……と勝手に信じています。
たぶん「正しい」のはあなたのほうです。ごめんなさい。
W URL @
09/02 16:09
. Yonda? さんが別の記事でお書きになっている

>東大卒の比較文学者の小谷野敦さんは、学歴で人を判断する姿勢を隠さない。
>学歴人間観が100パーセント「正しい」わけでは断じてないけれど、
>学歴などまったく当てにならないと言ったらそれもまた嘘になるわけでしょう?
>みなが本音の部分でどこかで意識している学歴差別を小谷野さんは正直に書く。
>すると、叩かれに叩かれるわけである。

この指摘は正しいのですが、小谷野のおかしなところは、学歴主義を称揚しつつ嫌煙主義を批判している点です。

もし低学歴者を能力のないダメ人間として差別することが正しいのであれば、喫煙者は自己管理能力のないダメ人間として差別されても仕方がないというべきでしょう(小谷野がもともと確信的な喫煙者ではなく、禁煙の失敗者であることは当人も認めています)。要するに小谷野の場合、

・学歴主義は小谷野にとって都合がいいから善
・嫌煙主義は小谷野にとって都合が悪いから悪

と、みなしているわけです。ダブルスタンダードですね。
Yonda? URL @
09/12 22:18
Wさんへ. 

果たして「正しい」ことはあるのでしょうか?

ある本を読んで、
「善=得」「損=悪」ではないか、
という考え方があることを知りました。

「進化倫理学入門」
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-4246.html

なんというか、その、まあ人間そんなもんではないでしょうか?
自分に都合のいい主義は善と思い、反対のものは悪と思う。
本当は善悪などないのかもしれませんけれど、よくわかりませんが。

学歴も喫煙嫌煙も、
どーでもいい問題といえば、
まったくどーでもいい。
どーでもいいじゃないですか?








 

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