謝罪を求める人たち

生意気なため「おれにあやまれ」と怒鳴られたことが人生で何回かあったような気がする。
実際のわたしを知っている人はさもありなんと思うだろうが、
激憤した人から「あやまれ」と言われたら何度でもペコペコあたまを下げる。
それでも誠意がないという人がいるんだ。
どうして人は人からの謝罪を求めるのだろう。
おそらく自分は自分こそ自分がいちばん「正しい」と思っているからだろう。
自分は「正しい」のだから、おまえは間違っている。
間違っているおまえは「正しい」おれさまに何度でもあやまれ、土下座しろ。
おれさまは偉くて正しいのだから、おまえはあやまれ謝罪しろ。
わたしは他人に謝罪してほしいとか、
あやまってほしいとか思ったことも言ったこともこの10年くらいない。
みんながみんな「正しい」のである。
ただし社会通念上、世間的に権力関係で上のほう人が下に向かって、
命令的に「謝罪しろ」とは言える。
エリートの裁判官が底辺の犯罪者に謝罪しろってバカみたいな話だと思うけれど、
それが世間というもの、人間というもの、日本というものである。
先週の金曜日に職場のお偉いさんをえらく怒らせてしまった。
相手に不快感を出すとか肩がぶつかるなんてよくある話だと思うが、
相手が圧倒的に権力を持っているらしいし、
「あやまれ、あやまれ」と言われたので何度も低頭してあやまった。
本心からあやまっていないだろうと言われたが、
本心から謝罪して更生するというのはどういうことなんだろう?
あやまるというのは礼儀や常識の問題であって本心とは異なる。
あなたが切れているし、聞いたところ権力を持っているらしいから、
わたしは最大限の謝罪アピールをした。
本当にあやまっていないだろうと言われても、人間そんなものでしょう?
ライン(流れ作業)で人にぶつかるなんてよくあることだし、
嫌われものだからパート仲間ににらまれることなんて日常的に経験していることだが、
わたしは謝罪を求めたりしたことはない。
人間ってそんなものでしょう?
謝罪を求める人や、謝罪されて満足する人の気持がわからない。
こういうことに気づいたのは、言うまでもなくありがたくも、
ダメダメなわたしなのにいまの職場で雇っていただいているからである。
謝罪しろと言われたら、いくらでもあやまろうと思う。
芸術家とは程遠い下品な商売人根性のためかもしれぬが、わたしは謝罪する。
わたしが悪かった。すべてわたしが悪い。あなたが「正しい」。
謝罪が足りなかったらいくらでもオリコンでぶん殴ってください。

COMMENT

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07/13 21:41
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鼻勝 URL @
07/13 23:14
. 謝罪も挨拶だから。
- URL @
07/19 01:56
. おまえって知能低すぎ
人のことをアレコレ言う前に性格直せ!
首になるのももうすぐだ








 

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