プロレス世界

プロレスのよさというものがあると思う。むかしあったと思う。
悲しい生い立ちや悲惨な不幸にあった人間が
それでも名声を求めて闘っていく姿勢を演じるのが名プロレスラーだ。
プロレスは八百長だから最初から勝敗は決まっているのである。
負けると決まっている試合になお感情むきだしで闘うレスラーはいい。
プロレスは言葉にならないマイナスの感情を表現できる最高の芝居である。
天龍源一郎のようなプロレスラーの名勝負を見ると、
言葉にならないマイナスの感情が解放されるような気がする。
実際、解放されるから高いチケット代金を払って人はプロレス観戦するのである。
ふつう実社会ではむかつくやつがいてもチョップなんかできない。
グーパンチもできない。
胸倉をつかんで罵声を浴びせられるくらいでも立派である。
ふつうの常識ある社会人はそんなことできない。大人はそんなことはできない。
だから、プロレスを見るのだろう。見たのだろう。
いま再度、新日本プロレスがバブルのようだが、
ジェイコムに入っているので視聴することもあるけれど、あれはわからない。
喜怒哀楽がないサーカスが好まれる時代なのかもしれない。
わたしは古臭い怨恨や因縁に満ちたプロレス世界が好きである。
サラリーマンがするプロレスは見たくない。
宿命や因縁を感じさせる毒々しい世界が好きだ。
華は華であるために一瞬で散れ。
そういえば子どものころ仙道敦子というアイドルの
まがまがしい美しさに見とれたことがある。
ふつうではない常識ならぬ、
泥臭いけばけばしい美に惹かれてしまうところがあるのかもしれない。

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