「ひろさちやのビジネスによく効く宗教」

「ひろさちやのビジネスによく効く宗教」(ひろさちや/実業之日本社)

→副題がとてもよく、「できないことを「できない!」と言える処世術」(笑)。
しかしまあ、よくもまあ、ひろさちやや河合隼雄の通俗一般書ばかり読むと
あきれられるかもしれない。われながらあきれてるもんね。
結局、ひろさちやも河合隼雄もひとつのことを言っているんだよね。
それは「わかりません」。どうしたらいいかは「わかりません」。
そんなかんたんなことを何度も他人から教わる必要があるのか。
ぶっちゃけ、河合隼雄はともかく、ひろさちやはおなじような本ばかり出しているし。
ひろ先生、言い訳しているよ。

「仏教の法話の場合は、聞き手の能力によって、
同じ法話でも違った理解ができるのです。
だから、お釈迦さまは一つの話を語りながら、
大勢の聴衆にそれぞれ違った説法をしたといわれています。
それを「一音教(いっとんきょう)」と呼んでいます。
お釈迦さまは「一音」でもって多くの説教をされたわけです。
わたしたちは、一度聞いた話でも、自分の理解力が高まると、
そこからまた違った教えを引き出せるのです」(P105)


ひとりの人の話を百人百様に聞くっていうのは本当だと思う。
それぞれ誤解して聞いているっていうか。
内田樹によると、これラカンっていう偉い人が言っていたのとおなじらしい。
ラカンもお釈迦さまもキリストさまも、答えを教えてくれないのが人生。
昨日さ、久しぶりに携帯が鳴ったのよ。
かけなおしたら人材派遣会社。時給1250円で働きませんか?
夜勤。ディスクワーク。データ入力。
断っちゃったけれど、これでよかったのかなあ。
3月末にもおなじ案件で電話があって、そのときも断ったけれど。
いまのバイト先にこれ以上ご迷惑をかけるのも心苦しく、
そろそろ潮時かもしれなく、
だったら時給1250円の夜の世界に入ってもよかったのか。
しかし、なにかまだ物語が完結していないって感じがして。
時給850円と時給1250円のどちらを選ぶのが「正しい」のか。
だれに聞いても1250円のほうがいいって言うよね? 言うかな?
教えて、ひろ先生!

「わたしたちはいまいいと思っても、いずれよくないことになるかもしれません。
何かを最高と思ったところで、すぐにそれが変わってしまうのが世の中です。
そんな中でわたしたちは決断していかなければならないわけですが、
そうすると、最終的に人間が決断できないという絶望感に陥ってしまいます。
しかし、わたしはみなさんに、むしろその絶望感を持ってほしいと思うのです。
なぜかといえば、絶望感がなくて、
人間が必ずいい判断を下せると思っていることが大間違いです。
自分を過信し、必ずいい判断が下せ、最善の判断ができると思っているから、
人間は苦しむわけです。なぜかと言えば、
何が最善かは、絶対にわからないことだからです。
なにが最善かわからないということは、
わからないことはわからないことだということです。
そのことをわかることが「わかる」ことです。
あるいは、人間にはそんな完全な能力などない、
不完全な能力しか持っていないのが人間だと、
そこのところをまず知らないと問題を解決できないのではないでしょうか」(P23)


まあ、どうなるかわからないんだから、どっちだっていいんだろうね。
時給850円だろうが1250円だろうが、将来的に見たらどっちがいいかはわからない。
将来どうなるのかなあ。このまま朽ち果てていくのかしら。
もうあれね、この年になると、あこがれの人とかいないね。
有名人の○○さんみたいになりたいとか、そういうのない。ないない。
よくいるよねえ。○○さんみたいになりたいとか言って、がんばっている人。

「わたしたちはよく、あるひとつの真理に従って生きよう、
あるいはこういう生き方がいいんだと思うことがあります。
実はそう思った瞬間、自分は他人を生きていることになります。
決して自分を生きていることにはなりません」(P187)


自分を生きるなんて、そんなこと難しすぎて無理だよお。
いや、いまわたしは自分を生きているとも言えるのか。
普遍的な「正しい」真理なんてないと思っているし、あこがれの人もいないから。
書いていいのかわからないけれど、尊敬する上司もいないし。
けれど、高校生じゃないんだし、パートが社員を尊敬するなんてありえなくね?
みんな社員さんは上司の生き方を尊敬してたりするのかなあ。
今度、社員さんに聞いてみよっと。
マネジャーを尊敬していますか? ああいう人になりたいですかって。
でも、出世して高給取りで家族もいて車も持っていて健康で立派だから。
わたしはマネージャー氏がお持ちのものをひとつも持っていないことにいま気づいた。
でもまあ、しょうがないよね。こうなっちゃったんだから。
きっとこれが自分を生きるということなのだろう。

COMMENT









 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/4174-5896bb53