「寒灯・腐泥の果実」

「寒灯・腐泥の果実」(西村賢太/新潮文庫)

→そういえば昨日バイト先の書籍倉庫で、
西村賢太の文庫本「小説にすがりつきたい夜もある」を大量に見たなあ。
うちの倉庫だけで850冊出ていたから、
売れなくなったというのはデマでまだ十分に採算の取れる作家なのだと思う。
この本を読んでつくづく西村賢太さまと自分は似ているといやになった。
嗅覚の鋭さまで似ているのでウエッとなった。文才は似ていないのに、くそったれ。
似ているからわかることもあって、賢太の書くことは嘘なのである。
しかし、あれは嘘でありながらまさしく本当のことなのだからおもしろい。
あんな小説は嘘だろうと思って西村賢太に舐めた態度を取ったら、
この男はリアルに小説に書いてあるような非道行為をその人にやるだろう。
小説を本当だと思ってビクビク接したら、
菩薩(ぼさつ)さまのようなお人に見えるかもしれない。
私小説が本当に起こったことを書くものだとすれば、本当に起こったこととはなにか?
心のなかで思ったことも本当に起こった事実なのだから。
西村賢太のゆがんだところがとても好きである。
作者を模した貫多は同棲相手の秋恵に言う。

「老若男女を問わず、態度のいい奴とか他人からムヤミに好かれてる奴なんてのは、
ぼく、一切信用しないことにしてるんだ。
なぜって、そういう手合いは四面楚歌に陥った経験なんて全くないんだろうし、
その寂しさも金輪奈落わかりゃあしないだろうからね。
所詮、ロクなもんじゃねえよ。
そもそも他人に好かれる術を心得ているところが気に入らないじゃねえか。
根性が、浅まし過ぎんだよ」(P37)


新居の管理人とトラブルを起こすところもおもしろい。
なんでも管理人がゴミのことでいちゃもんをつけてきたらしい。
こういうとき常識人は大人の態度で接するべきだが、
貫多は(おそらく賢太も)そうではない。
トラブルがあったほうが人生は活性化することを私小説の天才はよく知っている。

「管理人は、いかつい容貌をした貫多の目つきの異様さを見てとったらしく、
たちまち恐怖の入り交じったような警戒の色を、
その額縁眼鏡の奥に浮かべたようであった。
この見るだに懦弱そうな表情に、〝勝てる”との確信を抱いた貫多は、
すぐと気を取り直したように初対面の挨拶やら桃の礼やらを
柔和に述べてくる老人の言葉を一切無視し、冷たい眼差しで先方を凝視したまま、
早速に一連の問い合わせに関する、その真意についてを質し始めていた」(P50)


世の中には異様な目つきをできる人とできない人がいるのである。
やべっ、こいつこええよ、という異様な目つきのことである。
もちろん、異様な目つきをできない人のほうが圧倒的多数派になる。
常に自分は迫害されているという妄想をキープしていなければ異様な目つきはできまい。
決して恨みを忘れないという重度の病的なまでの粘着性が人に異様な目つきをさせる。
たまにブルブルッと震えがくるような異様な目つきをできる人がいるものである。
その目にふつうの人は参ってしまうのである。参るとは降参のことである。
温和そうなテレビライターの山田太一氏もよく見ていると
たまに異様な目つきをすることがある。
さて、目は口ほどに物を言うというのは真実で、
もしかしたら目のほうが言葉よりも感情を伝えやすいのかもしれない。
日本語の通じない外国人が多い職場で働いていると
目で会話するというのが本当によくわかる。目と目で通じ合うのである。
ものごとをどう見るかも目の能力いかんである。
貫多は秋恵との甘い同棲生活を客観視できる異様な目つきを有する。
自虐も自慢もできるのが西村賢太のおもしろさである。

「それは貫多もその相手たる秋恵も、
互いに根はひどく大甘にできてるフシがあるだけに、
こうした二人の暮しは傍目から見れば、
トウのたった一組の男女による見苦しきママゴトじみた行為に映るやも知れぬ。
所詮は冴えないカップルの、痛々しい凭(もた)れ合いの図に映るのかも知れぬ。
だが当の貫多にしてみれば、今のこの生活は到底手放せぬ無上のものであり、
そんな彼に寄り添っていてくれる六歳年下の秋恵は、
やはりどこまでもかけがえのない、何よりも大切な存在だった」(P102)


ある現象をプラスからもマイナスからも見(ら)れるのが作家の才能だろう。
西村賢太はマイナスの極北からお寒い現実を描写するのがとにかくうめえったらない。
西村賢太のすばらしさはほかにもあって、
いまは日本で天皇陛下レベルまで偉くなってしまった若い女性さまを怒鳴れるところだ。
男と女の能力差は圧倒的なのだから、
これはスウェーデンの文豪のストリンドベリ先生もおっしゃっているが、
女は犬のように叱りつけるのがいちばんいいのかもしれない。
貫多は馬鹿野郎とか弱き女性である秋恵を怒鳴りつける。

「怒声を浴びせられた秋恵は、キュッと身を縮こませつつ、
チンとうなだれて目を伏せる」(P123)


チンとうなだれるという表現がとてもいい。いいったらない。
でたぜ、賢太節と喝采をあげたいところである。
きっとチンとうなだれたとき秋恵はとてもかわいい目をしていたんだろうなあ。
犬は大嫌いだが、チンとうなだれる女はさぞかしかわいいいだろうと思う。
西村賢太はおのれのマイナス体験、トラブル体験を元手に小説を書いているのだ。
もし作家などというからきし食えない名誉職業にあこがれるものがいたら、
人生でどんな体験を積んでいけばいいかはおのずと知れるところであろう。

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