「あなたが大好き」

88年に放送された単発の山田太一ドラマ「あなたが大好き」を正規視聴する。
シナリオで読んだことがあるため、ジェイコムで録画していたものの、
なかなか見る気にならなかったものである。
いま切羽詰まった事情で時給850円のパートに出ているけれど、
そこの書籍倉庫で働く女性は既婚者の割合が極めて高い。
この人たちもふつうに恋愛して結婚したのだと思うと畏怖をおぼえるというかね、その。
なんか失礼なこと言ってる? 言ってない、ない、ないから!
山田太一がテレビライターになったときに感銘を受けたという言葉がある。
アメリカのテレビ作家が(正確ではないかもしれないが)こう言ったそうだ。
自分は王さまの話よりも、どうして隣の肉屋は結婚したかに興味があり、それを書きたい。
テレビというのはそういうメディアなのだと巨匠の山田太一はいたく啓発されたという。
いつも喧嘩ばかりしている隣の肉屋夫婦はいったいどういう経緯で結婚したのだろう。

ドラマ「あなたが大好き」は江戸指物の職人と、
一流企業重役の父を持つお嬢さまが結ばれるまでの話である。
こういう感想はどうだかとも思うが、ふつうにいいドラマだったのではないか。
ドラマに対してではなく、社会風潮に違和感をおぼえたのは「男は仕事」というあれ。
おそらく作者の山田太一の念頭にもこの違和感があったはずである。
テレビドラマは現代社会を描くものだから、
どうしても社会的一般規範を取り扱わねばならなくなる。「男は仕事」――。
一見すると、これは男ばかり言っているようなイメージがあるかもしれないが、
女もまた男同様に強く洗脳されている社会通念こそ「男は仕事」である。
女は恋愛なら売れないバンドマンとでもするけれど、結婚はまずしないでしょ?
主婦の井戸端会議でいちばん重要なのは夫の仕事だと思う。
危険なことを言うと、妻の格は夫の仕事で決まってしまうようなところがあるのではないか。

ドラマ「あなたが大好き」でもそこらへんのところはリアルに描かれている。
由子(中川安奈)は大学のテニスサークルOB会で仲良くなった
誠一(真田広之)と結婚しようとするのだが、理由がそのまま「男は仕事」である、
真田広之のととのったツラもいいのだろうが、まず「男は仕事」である。
指物職人の誠一は由子の家にあいさつに行くが、
婚約者の両親から育った家が違いすぎるからうまくいきっこないと反対される。
その帰途、ふたりはラブホテルで向き合っている。由子はこんなことを言う。

由子「(やや堅く椅子にかけていて)父のいうことは気にしないで。
たしかに、母は孤独だったし、家の中、どんどんひえこんでいたのは事実だけど、
まさか、あてつけで結婚はしないわ。
強いていえば、父のような仕事が嫌いだったのかな。
忙しいのは父のせいじゃないもの。
いくらいい会社とか、重役コースとかいったって、幸福じゃないなって思ったわ。
そんなに景気なんかよくなくたって、上役なんかいないで、自分の世界があって、
誇りを持ってて、伝統があって、細かないい仕事をしているの、
とってもいいって思ったわ。
OB会へ行ったって、みんな勤めてるでしょう。佐上さんだけ、職人だっていうの、
それも江戸指物だっていうの、魅力あったわ。
お父さまもお母さまも素敵だし、家とは全然ちがうって、新鮮だったわ」(P204)


自分は男をしている仕事で選んだと言っているようなものだから、
通俗的な恋愛観からしたらかなりの危険球だが、これが常識というものなのだろう。
容貌は劣化するし、愛も恋もじきにさめるだろうが男の仕事だけは信用に値する。
ラブホテルで真田広之は本当のことを白状する。
「大事なことを話してないんだ」――。
じつのところ、真田広之は仕事ができない職人だったのである。
どんな仕事にも向き不向きはあるけれど、
真田広之は決定的に不器用で職人の父から何度仕事を教わってもうまくできない。
正直、職人を辞めようか迷っていたくらいなのである。
ところが、婚約者が自分を選んだ理由は職人という仕事のためなのである。
個人的な感想を言うと、べつに仕事ができない男がいてもいいと思うけれどねえ。
「男は仕事」で男同士で
いかに自分は仕事ができるかを競い合っているのって異常な気がする。
しかし、けれども、だが、「男は仕事」で、
繰り返すが、男は仕事がすべて、仕事がいちばん。
不向きなため職人仕事ができない真田広之は、自分探しの旅に出てしまう。
変な話だけれど、職人って気楽にこういうことができるのがいいなあ。
で、話はどうなるかというと出戻りの姉がしゃしゃり出てくるのである。
自分はむかしから江戸指物のような手仕事が好きだったが、
女だからという理由で父親はぜんぜん相手にしてくれなかった。
お父ちゃん、これをいい機会に自分に職人仕事を教えてくれないか?
自分は弟よりもはるかに手先が器用で向いているから、
あいつが3年でおぼえるものを1年でおぼえちゃうよ。
どうしてかこれに真田広之の婚約者ものって、女二人が職人修行をする。
真田広之はなにをしているかといえば自分探し(笑)である。
最後は取ってつけたように真田広之が戻ってきて、
ふたりの恋の成就が予想されるシーンになっているが、
おい、イケメンよ、おまえ、本当に本当の自分は見つかったのか?

「男は仕事」に内包されている思想のひとつが男女差別である。
「男は仕事」の意味は、「女は仕事」ではいけないということだ。
職人は女風情がなるものではないといったような。
男女差別というのは本当にうんざりするものである。
「男は仕事」なんて思っていない男もいて、いまこの文章を書いていたりするのである。
「男は仕事」なんて思っていないから
時給850円のパートでもプライドはそれほど揺るがない。
仕事にプライドを求める人は精神的にきつくていまの仕事はできないと思う。
本や雑誌を全国各地のお客さまに配送する意義ある仕事だと思っている。
だが、職場でも歴然とした男女差別があって、
男はきつい仕事にまわされがちなのである。
わたしは女よりも女々しい女が腐ったような性格だから、
自分を女あつかいしてほしいというようなことを上司さまに言ってみても(よく言えるなあ)、
「男は仕事」という社会規範のせいか、これだけはどうにもならない。
ドラマに話を戻して「男は仕事」という社会常識にだまされてエリート会社員と
結婚した妻だって、果たして幸福かはわからないのである。
真田広之の婚約者、由子とその母親の菊江との会話から。

由子「お父さま、いるの?」
菊江「いるわけないでしょ」
由子「ゴルフバッグ、玄関にあったわ」
菊江「運転手が届けに来たの。常務はこれから会議でおそくなるって」
由子「日曜日に?」
菊江「(肩すくめる)」
由子「ほんとは、女?」
菊江「いないわよ。あの人は会議人間、仕事人間、
 重役になって、うれしくてたまらない人間。男はみんなそう。
 幹夫[息子]もニューヨーク支社で、どうせ日曜日だって働いてるんでしょ。
 母親に電話かけるなんて発想は全然ありゃあしない」
由子「だからのんだくれてるなんて、バカみたい。
 お母さんも好きなことをどんどんすればいいじゃない。
 いくらだって時間があるんだもの」
菊江「好きなことなんてないもの。なにやったって、むなしいもの」
由子「捜すべきよ。集中出来ること、捜すべきよ。アル中になっちゃうじゃない」
菊江「そんなことは分ってるの。どうすべきかなんてことは分ってる」
由子「だったら、そうしたら」
菊江「出来ないの」
由子「なにいってるの」
菊江「人間というのは、そういうもんなの(と床へ坐る)」
由子「座らないで、そんなとこに」
菊江「いいと思ったことを、どんどんやれれば、こんな簡単なことはないの。
 いいと思ったって、身体が動かない。心が動かない。
 悪いと思ってること(と酒をのむ仕草をし)してしまう。
 そういうのが人間なんだから(と横になってしまう)」
由子「そんなとこで寝ないで」
菊江「(寒そうに)うー(と身をちぢめる)」
由子「(一種の嫌悪で見ている)」(P186)


時給850円のパートにでも出たらいい男とめぐりあえるかもしれないのだが、
重役夫人で金持だとそうはいかないようである。
「男は仕事」だから妻の価値は夫の仕事で決まる。
「男は仕事」だから女は会社でなかなか出世できない。
「男は仕事」だから、しようがないから、
今日バイトで入庫(力仕事)にまわされたら社会の矛盾を身体全体で味わおうと思う。

*引用は大和書房から出ているシナリオ集によります。

(参考記事)
「あなたが大好き」(山田太一/大和書房)

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