「大日経」

「大日経」(中野義照・松長有慶編訳/「仏教聖典」平楽寺書店)

→大日経は密教の経典だが、密教とはインド古来の呪術のようなもの。
火をくぐってヘーンシン(変身)とか、もうそういうイメージでいいと思う。
正しくは本文の言葉を借りるならば、
「如来の身体と言葉と心の三種が、われわれ衆生の身体と言葉と心と、
本質的に平等であることを覚」ることになろう。
仏さまの真似をして仏さまになっちゃおうぜ、って感じかなあ。
こんなふざけたことを書いていると坊さんにぶん殴られてしまうかもしれない。
まじめなことを書くと、このお経で最高の真実が問題になっている。
「最高の真実はどこに求めるべきでしょうか」
この問いに如来(仏さま)はどう答えているか。

「秘密主よ、菩提(ぼだい)と最高の真実は、
みずからの心の中に求めるべきである」(P1153)


最高の真実はそれぞれがみずからの心の中に求めるべきである。
最高の真実は師匠に教わるものではなく、みずからの心の中に求めるべきである。
最高の真実はだれか他人に求めるものではなく、それぞれが心の中に求めるべきである。
それぞれがそれぞれの真実を心の中に有している。
大学院や新聞やテレビではなく、真実はそれぞれが心の中に求めたほうがよい。
ある人の心の中の真実とべつの人の心の中の真実が異なっても構わない。
みずからの心の中にすべてが入っているのかもしれない。

「秘密主よ、菩提(ぼだい)と最高の真実は、
みずからの心の中に求めるべきである」(P1153)


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