「解深密経」

「解深密経」(野沢静証編訳/「仏教聖典」平楽寺書店)

→解深密経(じじんみっきょう)は唯識思想をはじめて説いたとされる大乗仏典。
唯識(ゆいしき)というのは、世界はただこれ識(=心)のみという意味である。
考えてみたら、世界って心じゃねって話。わかるかなあ。
最近、意図的に想定読者レベルを下げているのだが(偉そうでゴメン)、
その理由は秘密。世界は心でしかないってわかりませんかねえ?
目で見て耳で聞いて鼻で嗅ぎ舌で味わい最後に心で思うわけでしょ?
世界というのはそれぞれの心にしかない、と言うこともできるわけ。
世界は心にあると言うか、心こそ世界であると言ったほうがいいのか。
酒飲みはわかるって思うけれど、酒を飲むと世界の見方が変わるよねえ。
陽気になったり陰気になったり。
あれは世界が変わっているのであり、心が変わっているのである。
みなさん、毎日つまらないおなじことの繰り返しのような生活をお送りでは?
でもさ、「世界=心」の奥底になにか不可思議なものがあったら、どんなにいいことか!
きっとないんだよ。なーんにもない。でもでもでも、あったらどんなに救われるか。
じゃあ、あることにしてしまえ。いや、あるんだよ。
「世界=心」の奥深く底のほうにアーダーナ識というものがある。
人間には理解することができないアーダーナ識というものが「世界=心」の深層にある。
それは仏さまのみが見ることのできる秘密の根底部である。
今日あまり人びとに知られていないアーダーナ識のことを書いてしまったから、
これから職場に行くけれど、なにかたまたまのように起こるかもしれない。
みなさまもアーダーナ識のことを知ってしまったから、
これをお読みになられた日にかならずや微妙な変化が生活に生じるはずである。
世尊は解深密経で「世界=心」の秘密であるアーダーナ識のことをポロリとお話になった。
ポロリである。聞き逃してはなりませんぞ。

「アーダーナ識は甚深であって、微細である。
一切の種子あるものであって、大河のごとし。
もしそれを我(が)であると分別すればよろしくない、ということで、
凡夫たちにはわたしをこれを説かないのである」(P1142)


「世界=心」にはだれも知らない秘密があるのである。
その秘密を知ってしまった今日の我われにいったいなにが起きるのか?
ドキドキじゃないか、エブリバディ♪

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