眠る呪文

お経を読んでいるとあまりもつまらなくてあたまがくらくらすることがある。
つまらなくて不眠症の分際でばたっと倒れ込んでしまう。
けれど、眠れない。そういうときに脳内で唱えている呪文がナムアミダ(南無阿弥陀仏)だ。
日本のむかしの唄は七五調的なのが多いから歌詞をナムアミダでうたえるのである。
たとえば「仰げば尊し」なんか眠り唄としてけっこうヘビロテかも。
基本的にまだ子供な部分があるから自分で自分にうたう子守唄でいいのか。

「仰げば尊し[ナムナムアミーダ]♪
わが師の恩[ナムアミーダ]♪
教(おしえ)の庭にも[ナムナムアミーダ]♪
はやいくとせ [ナムアミーダ]」♪」


こんな感じで♪ 
結局、眠れないのは不安が大きいのだと思う。
これからどうなるんだろう? その答えは「なんとかなる」と思うしかない。
いまどんな健康でお金持の幸福な人だって、明日どうなるかわからないんだから。
そこはもう本当に「なんとかなる」と信じるしかないわけ。
南無阿弥陀仏は、阿弥陀如来に南無(お任せ)するという意味。
将来のことは阿弥陀仏にお任せしたら、いまうじうじ悩むことはなくなる。

あと眠れない理由に迷いってあると思う。
これからどうしたらよいのかどうか?
これって根源的には善悪の問題だよね。
これからなにをするのが善で、なにをするのが悪かという迷いなんだから。
南無阿弥陀仏は、善悪は人間にはわからず、
それはもう阿弥陀仏に南無(お任せ)するしかないという意味もある。
この呪文が使えるゆえんだ。

それから眠れない原因に後悔というのがあるのではないか。
たとえば、悪口を言って人を傷つけてしまったのではないかという自責の念。
ああしなければよかったのではないかとくよくよ悩むと眠れなくなる。
しかし、これも突き詰めれば善悪の問題に帰結する。
あれをしたのは善だったのか、それとも悪だったのかという迷いになるわけだから。
とはいえ、南無阿弥陀仏によれば、ことの善悪は人間にはわからない。
よかれと思ってしたことが相手を悪くさせてしまうこともある。
反対に悪意からやったことが相手に恵みをもたらすこともなくはない。
だから、そこはもう過去の行為の善悪は、
阿弥陀仏に南無(お任せ)してしまうという手もあるわけである。
無反省ないやなやつって軽蔑されるかもしれないけれど。

で、布団に腹ばいでお経を読んでいるけれど、めまいがして寝たくなった。
ナムアミダとか脳内できんもい呪文をかき鳴らしながら眠ろうとする。
ほんの少し眠れたのだが、寝入る直前に夢のようなものを見た。
バイト仲間がいっぱい夢もうろう状態のとき出てきて、
みんなやさしい笑みをたたえた目でわたしのほうを見ているのである。
不思議な感動体験だった。眠る呪文と関係あるのかはわからない。

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