「悲恋」

「悲恋」(モーパッサン/青柳瑞穂訳/「瞳」百年文庫/ポプラ社)

→艶福家(えんぷくか/もてる人)の老人の昔話。
結局、小説というのはどこまでもおもしろいお話だと思っている当方には、
じつに味わい深い作品であった。
画家の老人は若いころ絵を描きながらフランスのあちこちを放浪していた。
イケメンで若い画家といったらもてないはずもなく、各地の田舎娘とねんごろになった。

「恋されるということは、やっぱり、いいものですからな。
たとえ相手がどんな田舎娘でもね。
男に会うときの、あの心のときめき、また、別れるときの、眼にためた涙、
まことに珍重すべき、尊いものじゃありませんか。
ゆめゆめ、ばかになんぞいちゃいけません」(P73)


画家は旅先の宿で、嫌われもののオールドミス(ハイミス)と出会う。
女は50歳くらいで自分が熱心な英国国教会の信徒であることをアピールしていた。
会うひとごとに英国国教会の布教パンフレットを配るのでみなから疎んじられていた。
日がななにをするでもなく周辺を散歩したり、岩の上で瞑想したりしていた。
25歳の画家は50女と話すこともなく風景を写生する毎日だった。
同宿のふたりは話すこともなく、それぞれの旅生活を送っていた。
どうして放浪画家はこの地にとどまったのか。
まずこの周辺地域の雄大な自然の風光に魅せられていたことがある。
それだけではなかった。
嫌われもののミス・ハイリエットのこともあたまの片隅になかったと言ったら嘘になろう。

「できることなら、わたしは、この風変りのミス・ハイリエットを
すこしでも知りたいと思ったのです。
そしてまた、あのさまよい歩く老イギリス婦人の孤独な魂のなかは、
そもそもいかなるものか、それも知りたいと思ったのです」(P91)


人はだれかからほんの少しでも関心をもってもらえたら変わるものである。
そのわずかな関心を得るのでさえまったく本当に難しいのだけれども、
それでも男女ともに異性からなんなりかの関心を持ってもらえたら変わることができる。
もちろん、変わることがいいことか悪いことかはわからない。
若い画家は会心の習作を描き上げることができた。
しかし、それを宿の女主人に見せてもさっぱり理解してもらえない。
そのとき、ミス・ハイリエットが通りかかったのである。
じつのところ画家はこの老婦人にも絵を見てもらいたいと思っていた。
そのためにだれの目にも触れるところに絵を立て掛けておいたのである。
25歳の若い画家の描いた風景画を見て50歳の老婦人は感動する。
彼女はこう言ってくれたのである。
「おお、あなたは胸をどきどきさせるように自然を理解しています!」
画家は彼女の言葉に感動する。

「いや、はや、わたしは顔を赤くしてしまいましたね。
女王さまにほめられたよりも感動しましてね。
このお世辞には、わたしもつられましたよ。征服されましたよ。負けましたよ。
できるものなら、彼女に接吻がしたかったくらい。
これ、冗談じゃありませんよ!」(P95)


このとき以来、ふたりは言葉を交わすようになる。
それどころか連れだって散歩をするようにも、ふたりで夕陽を見て感激するようにもなる。
孤独な老婦人は画家の横で美しい落日に見入って、
つたないフランス語で「わたくし、この自然を、愛します、愛します、愛します」と言った。
孤独な女は自然と動物を情熱的に愛していた。

「ほどなく気づいたのですが、彼女は、何かわたしに言いたいことがあるらしく、
しかし、それをきりだして言うだけの勇気はないのですね。
わたしは彼女がおずおずしているのがおもしろく、
素知らぬふりをしていたのです。
朝など、わたしが絵具箱を背負って出かけると、
よく村のはずれまで送ってきたものです。
おしのように黙っていますが、ありありと焦慮の色が見え、
何か、きっかけの言葉をさがしているようでした。
けれど、ふいと、わたしのそばをはなれると、例のはねるような足どりで、
さっさと引返してしまうのです」(P101)


宗教べったりだった嫌われものの老女にスキップさせたものはなにか。
人はどういうときにスキップするのだろう。
なにが孤独な老婦人の魂の底に芽生えたのだろうか。
あるとき意を決して婦人は画家に絵を描いているところを見せてくれと頼む。
画家が承諾すると毎日のように老婦人は若い画家の横に陣取るようになった。

「わたしは彼女にたいして、旧友のような、遠慮のない、親身な態度をとっていました。
それだのに、やがて、彼女の態度のすこし変ってきたことがわかりました。
はじめのころは、わたしもさほど気にもとめませんでした」(P105)


老婦人の心中でなにかしらの変化が生じたようだ。
画家が絵を描いているといきなり駆け足で飛び込んでくることがあった。
そうして上気した顔で画家と画板を見比べるのである。
その顔には深い感動に打ち震えているさまが見てとれた。
かと思えば、急にいまにも気絶しそうになることもある。
突然不機嫌になって、ぷいと画家のそばから離れていくこともあった。
画家は彼女の変化に気づいていたのかどうか。
食事の席で、いまはいささか孤独から遠ざかった老婦人に、
画家はこんな冗談まじりのお世辞を言う。
「ミス・ハイリエット、きょうのあなたは星のようにお美しい」
そんなときの彼女は、すぐに顔をぱっと赤らめて、まるで小娘のようなのだ。
それこそ、十五歳の小娘のよう。
いったい老婦人はどうしてしまったのか。
このごろでは画家が声をかけると、答えることには答えるが、
それがわざと無関心をよそおい、どことなくいらいらしている。
それに、なにかにつけ、つっけんどんで、気短かで、神経質だった。

「ときどき、彼女はわたしを奇妙な眼つきで見ていました。
そんなあとで、わたしはよく思ったことですが、死刑の宣告を受けた者が、
執行の日を知らされたとき、やはりこんな眼つきをするのではないでしょうか。
彼女の眼には、一種の狂気が宿っていました。
神秘な、はげしい狂気なんです。しかし、そればかりでなく、まだ何かありました。
一種の熱情なんです。実現しない、実現しえないものにたいする、
絶望的な願望、性急で、無力な願望なんです!
さらに、彼女のなかでは、一つの争闘が行われているように思われました。
彼女の心が、得体の知れない力を制御しようとして、
それとたたかっているように思われました。
おそらく、ほかにも何かまだあったんでしょうが……。
さあ、そうなってくると、わたしにはわかりません」(P108)


ある日、画家はいつものように風景画を描いていた。
しかし、この日はいったいどういう気持の按配だろう。
風景のなかにひとりの青年を入れたくなった。そうしたら少女も入れたくなった。
いままでのような風景画ではなく、そこに青年と少女のカップルを入れたい。
画家は口づけをする青年と少女を遠景にすえた絵を描き上げた。
どうしてかこの絵をほかならぬミス・ハイリエットに見てもらいたくてたまらなくなった。
いやがる老婦人の手を取って画家は絵を旅先でできた友人に見てもらう。
それまでずっと孤独な人生を歩んできた宗教だけが救いだった老女は絵を見て泣く。
どうしたらいいかわからなくなった若い画家が老婦人の手をつつむとさらに泣く。
老婦人の手は震えていたから画家はさらに強く手をにぎってやる。
すると涙で顔をくしゃくしゃにした老婦人は十五歳の小娘のように、
勢いよくさっと手を引っこ抜いた。
このときプレイボーイの画家はようやく老女の心中に起きた変化を知る。
画家は明朝すぐにでもこの地を離れることを決める。
その晩の夕食では画家とミス・ハイリエットのあいだに会話はなかった。
画家はこの宿で下働きをする田舎娘ともいつものようにねんごろになっていた。
性の営みなどまるで知らぬオボコを女にするのが画家はうまかった。
この娘とも今晩でお別れだと思うと25歳の青年としては致し方ない行為だった。
女中が鶏小屋のほうへ行ったのを見かけた画家は追いかける。
いきなり画家はうしろから田舎娘に飛びついたが、
娘はいやがるどころかキャッキャと喜びの声をあげる。
画家は田舎娘の顔じゅうに接吻をして服を脱がしかかったまさにそのとき、
後方で物音がする。
この場から走って逃げていくミス・ハイリエットのうしろすがたが見えた。

「わたしも部屋にもどりましたが、ただもう恥ずかしくてなりませんでした。
彼女にこんな場面を見られ、何か犯罪行為でも行なっているところを発見されたように、
にっちもさっちもゆかなくなってしまいました」(P117)


画家はひと晩じゅう寝つけなかった。それでも朝方すこしまどろんだのだったか。
大騒ぎしている声がするので、寝床からはいあがりそこに向かう。
井戸の底に水死体が沈んでいるという。
画家も力を貸しその水死体を引きずりだしてみると、
それはもはや息をしていないずぶぬれの孤独な老女、ミス・ハイリエットだった。
この艶福家の老人の昔話を聞いて涙を流さない女性はいなかったという。
さて、いまは老いた画家はなんと言ってから、このかつての悲恋の物語をはじめたのか。

「奥さんがた、前もって、断っておきますが、あまり陽気な話ではありませんよ。
わたしの一生のうちで、いちばんに悲しい恋物語なんですから。
ついでに、わが友人諸君にお願いしておきますが、この話のような恋愛は、
女たちにゆめゆめさせないようにしてもらいたいものです」(P71)


COMMENT

kyoutomi URL @
05/07 23:35
. モーパッサンの小説の神髄をとらえ、老女の心の在り様が正しい姿をしていると感じた。わざとらしく若くいたいという浅はかさは醜い。ただし、年相応でない願望は密かに持って生活するのは辛い。あなたの書く対象はいつも的を得、鋭く心に響く。ありがとうございます。
Yonda? URL @
05/08 09:02
kyoutomiさんへ. 

おもしろい小説はいろいろな解釈(誤解)を許容し、そうすることでより多くの人の心をさまざまな方法でつかんでいくのだと思います。わたしは男ですから、どうしても男の視点からの想像に縛られますけれど、kyoutomiさんのご感想はより老女に親身になったもので新鮮でした。わざわざコメントありがとうございました。








 

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