「ゴッドファーザー PART3」

「ゴッドファーザー」って家族の物語と一般的にはされているらしい。
家族団らんとか、そういうのとはあまり縁のない人生だったから
家族愛とかわからないところがある。
いま生活と芸術を半々で実践している(そもそも映画は芸術ではなく大衆娯楽だが)。
生活の目から学芸(学問や芸術)を見て、
同時に学芸の視線で労働生活を見たらどうなるんだろうという、
生活や芸術どちらかいっぽうに必死になっている人からは殴られそうな、
世を舐めた中途半端で生意気な、しかし本人はとても楽しい毎日を送っている。
バイト先で人は悪くないんでしょうが、ちょっとトロっとしたおばさんがいる。
その人のムーブを真似するのがマイブームになっていた一時期さえある(ごめんよ)。
正直、850円でこんなところで働いてなにが楽しいんだろうと思っていた。
なにが楽しくて生きているんだろう。
先日、話をしてみたら今月中学生になった息子さんがいるらしい。
離婚してシングルマザー、いまはおばあちゃんとふたりで子育てしている。
子どもがかわいいという。
どれだけ世間知らずなのかって話だけれど、うるっときたところがあるのねえ。
自分の子どもってかわいいもんなんだ。
子どもの成長を見守るのは、
親にとっては人生をそのために犠牲にしてもいいくらいの喜びと悲しみがあるんだ。
閉じていた目が開いた気さえしたものである。
怖いもの知らずだから失礼極まりないことを言っちゃった、あはっ。
「◯◯さん(で)も恋愛して結婚して子どもを産んで離婚までしているんですねえ」
なに言うんだ、こいつ、という感じで人のよい笑みを見せてくれたから、
怒らせはしなかったとは思うが失礼は失礼である。
バイト先にはいろいろな人がいる。お嬢さんをふたり育て上げたという男性がいる。
ひとりは大学を今年卒業。
ふたり目は大学に行かす余裕がなく美容師の専門学校で我慢してもらった。
世を舐めきった発言かもしれないけれど、おかしなリアリティがあってねえ。
本業はハイヤーの運転手をしているそうなんだけれど、
タクシーの運転手をバカにするのがいかにもお父さんって感じで新鮮だった。
タクシーの運転手なんかとはレベルが違うと心底から思っているところに男を見た。
むかしの男ってそういうもんだよねえというか。

「ゴッドファーザー」は家族の物語である。
男が女を愛し子どもが誕生したのち「家族のために力がほしい」
と権力の階段の一段でも上を目指す。
男はプライドのために生きる。
「おれを見下したな」という怒りの感情ほど男を動かすものはない。
「今日からおれの手下になるかどちらか選べ」
ビジネスにおける男の関係は、突き詰めればこの上か下かに行き当たる。
パート3の暗殺シーンでヒットマンが「偉い人」を殺す直前に耳元で言う。
「権力は持たぬものを疲弊させる」
パッと見ても意味が取れないので、へったくそな訳だと思うけれど、これは真実である。
世界は権力のある人に都合よくできているのである。
権力があれば人からお辞儀をされ尊敬され気分のいい毎日を送ることができる。
虐げられた人間というのは、要するに権力を持っていないのである。
権力がないといつも年下の人間にペコペコして、
人から命令されないと動けない目が死んだ暗い男になってしまう。
当然のことだが、権力のない男のもとに女は一般的に寄ってこないだろう(例外あり)。
このため、「ゴッドファーザー」がある種の普遍的な物語になりうるのだろう。
男が家族のために権力を求めて世をのし上がっていく――。
男がより上に行くには上司や同僚を刺すしかないのだろう。
大企業の人事の実際は、
銃弾こそ飛び交わないが「ゴッドファーザー」のようなものなのではないか。
より上を目指して独立起業したら、
あるいは「ゴッドファーザー」の世界がわかって仕様がないのかもしれない。
男は家族を守るために闘うのだが、ひっくり返せば、
家族がいなければそんな厳しい競争の世界に居続けられないのかもしれない。

「ゴッドファーザー」は、家族のためにとでも思わなければ
脱落してしまう厳しい競争社会をわかりやすくマフィアの話にして描いている。
パート1だったか、暗殺のことをビジネスだと言っていたのは正しいのだろう。
その人を恨んでいるから殺すのではなく、
そのポスト(立場/地位/権力)が邪魔だから消えてもらうほかないのである。
さて、自分の兄が殺されたら敵に復讐するというのはビジネスなのかどうか。
それは私的な復讐であってビジネスではないと考える視点のあるところが
「ゴッドファーザー」のおもしろさではないかと思う。
ビジネスではある人の死は数値化され、
そのマイナスを補うプラスを相手に補償させる必要があるだけの話になる。
それが不可能ならば相手にも同程度のマイナスを負担してもらうしかない。
「ゴッドファーザー」における死は、社会的な死のようなものである。
このためマフィアの抗争における死は娯楽として楽しめてしまうところがある。
どす黒い話を書くが、ある人に本当に復讐したかったらどうしたらいいか?
答えは当人を殺すことではなく、当人のもっとも愛するものを殺すことなのである。
できたら当人の目のまえで殺すのがもっとも効果的である。
なぜなら当人を自分はその事態(愛するものの死)を防げたかもしれないと
一生のあいだ悔恨の情に追い込み人間として破滅にまでいたらせることができる。
パート3のラストはとても意味深い。
暗殺者の銃弾は、だれをねらっていたのかという話なのである。
マフィアのドン、ゴッドファーザーをねらっていたのか、それとも娘をねらっていたのか。
おそらくゴッドファーザーをねらっていたのだろう。それがビジネスである。
しかし、神のいたずらで銃弾はゴッドファーザーの肩をかすめ、
彼のもっとも愛する娘の胸に直撃してしまう。
ゴッドファーザーは二代にわたって家族のためにビジネス(家業)を成長させてきたが、
数十年ものあいだ家族のためによかれと思ってやったことが、
結局は最愛の家族を喪うというもっとも望まない結末を呼び寄せてしまう。
ゴッドファーザーは思ったことだろう。おれの人生なんだったんだよ、おい。
しかし、これがまた人生とも言いうるのではないか。
大きな成功を望み幸運にも得る人がいるけれど、
あまりにも大きな勝利の代償は最愛の人の不幸というかたちで返ってくることがままある。
ゴッドファーザーは日本でいうならば池田大作さんみたいなものだろうが、
あの人も最愛の息子さんを早く亡くしているし人生とはそういうものなのかもしれない。
自分の死はさしたる不幸ではなく、
本当に人の心身を裁断する悲しみは愛する人の理不尽な死なのだと思う。

「ゴッドファーザー PART3」 は想像以上におもしろかった。
というかパート1、2で6時間以上使っているし、
ネットで他人の感想を調べた時間やブログ記事を書いた時間を入れたら
投資時間が半端ないから、これはもう心理的におもしろいとしか思えない。
皮肉なことを書いたが、まあ年代記(クロニクル)のおもしろさを堪能したと言ってよい。
人生ってじつのところ三代を見ないと禍福や運不運はわからないのかもしれない。
祖父、父、息子――。祖母、母、娘――。
パート3まで続けて見たせいか、拳銃で人をぶち殺したくてたまらなくなった。
ベトナムのクチトンネルで銃を撃たせてくれる商売があったけれど、
高いと判断してせっかくのチャンスを逃してしまった。
「ゴッドファーザー」三部作を見た感想は、ああ、拳銃ぶっぱなしてえ。
可能ならば人体に向けてだけれど、それは無理っぽいから人形に向けてでもいい。
「ゴッドファーザー PART3」 の感想はゴッドファーザーの娘がかわいかった。
あの子のベッドシーンがあっておっぱいを見せてくれたらかなり点は上がったのだが、
調べてみたらあの女優さんは映画監督の娘らしくNGだったのだろう。
けっ、監督さんよ、なっていないぜ。
芸術のためならたとえ最愛の娘でも、
たとえ泣きながら嫌がっても衣服を引っぺがして、
秘めていた裸体を衆人の欲情にさらすのがアーティスト魂ってもんじゃないのか!?

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