「ゴッドファーザー」

映画「ゴッドファーザー」って世界的に大ヒットした超有名作品なんだね。
世間知らずだからそんなこともわきまえず、
まったく事前情報を入れないで名作をジェイコムで視聴する。
「ゴッドファーザー」を好きか嫌いかと聞かれたら「わからない」と答えると思う。
正直、よくわからなかったのである。
これが大人気になったということは意外と大衆はバカにできないということではないか。
すなわち大衆の映像処理能力はわたしなどよりはるかに秀でている。
映画ではおなじような顔の人ばかり出てくる気がして、
終始だれがだれだかわからなくなった。
場所もポンポン飛んでいたが、それぞれどこだったか正確に把握していたとは言い難い。
これはもうダメだと思ったのは(自分がですよ自分がダメ)、
だれかが立ち小便をしているときに、車内でだれかがだれかを銃殺したでしょう。
あれは味方が敵を殺したのか、味方が敵に殺されたのかよくわからなかった。
あそこで本格的につまづいたような気がする。
白人ってみんなおんなじ顔をしているように見えない?
しかも全員マフィアスタイルだから、
あれを識別するのはわが脳のスペックでは無理だった。

ストーリーもよくわからなかったから、ネットでいろいろ調べてみた。
あらすじをうまく書ける人と書けない人にわかれるという当たり前のことに気づく。
で、いいあらすじを見つけて、ようやくどういうストーリーだったのか理解する。
最後に教会シーンとカットバックで大量暗殺があったけれど、
あれもまただれがだれを殺しているのかさっぱりわからなかった。
あれは主人公サイドが敵を一掃していたところだったのね。
マフィアのボスとか、どうしたってみんなおんなじ顔に見えちゃうよ。
こんな映像オンチの感想だから正しくないのだろうが、
ストーリーがポンポン飛んでまとまりがなく冗長になっていたような気がする。
婚約者のいるはずの主人公が高飛び先のシチリアで美女をこます。
美女が主人公の身代わりになって死んだら、今度は婚約者にプロポーズする。
なんでそうなるのか男女の恋愛の機微に疎いためだろうがわからなかった。

結局、「ゴッドファーザー」は男の子の世界の物語なのだと思う。
男の子ってやたら体面を気にするというか権力志向が強いというか。
家族愛とかファミリーの絆とかいうけれど、
あれは単に男の子たちが群れているだけともいえなくはない。
家族って群れの最小単位であることに気づく。
人はどうして群れるのか突き詰めて考えてみると孤独でさみしいからなのではないか。
で、人は群れてなにをするのかというと群れのなかでの順位を決める。
それから群れの結束を固めるために敵を設定して群れて攻撃する。
群れのひとりが殺傷されたら、群れのために復讐しようとする。
男の子はプライドの塊りで、じゃあ、そのプライドをどこに支えてもらうかというと
群れのなかにしかないのかもしれない。
会社とか学界とか文壇とか画壇とか、
群れに所属して評価してもらうしか男の子のプライドが充足される道はない。
ひとりの女の子から好きだって言われただけじゃ、男の子のプライドは満足しない。
女の子だって好みのタイプは群れのなかで上位にいる人間でしょう?
一流社員や医者とフリーター、
女の子がどちらを選ぶかっていったら、それは決まっている。

こうして書きながら考えてわかってきたけれども、
「ゴッドファーザー」はひとりの女の子から愛されて満足していた男の子が、
マフィアのドンである父親が狙撃されたのを契機として、
男らしい群れへの帰属意識を呼び覚まされ、
以降群れの論理で生きるようになる物語と解釈することもできないわけではない。
どうして人間って群れたがるんだろう。
そして、群れのなかで順位をつくり、みな群れのトップにあこがれあがめ、
さらにその群れをほかの群れよりも上位に位置づけようと粉骨砕身する。
なにゆえにか。人間の本能みたいなものなのだろうか。
ひとりの恋人で満足していたカタギの青年が
ラストでは大量殺人もいとわない冷血なマフィアのボスになる。
個人の論理で生きていた青年が群れに取り込まれ群れのために生きるようになる。
最後に権力の頂点に立った殺人鬼は愛妻から質問される。
「あなたは多くの人を殺したっていわれているけれど、それは本当?」
いまや女よりも群れを優先するヤクザの組長はどう答えるか。「ノー!」
群れに生きるというのは、この「ノー!」を言えるかどうかなのだろう。
群れのためなら本当のことを言ってはならない。
群れるとはあそこで「ノー!」と言えるようになることなのだ。

やたら人が死ぬ映画だったが、あれらの殺され方にはあこがれる。
一瞬にして拳銃であたまを撃ち抜かれるなんて理想的な死に方だよなあ。
というのも、死を意識せずして一瞬のうちに死ねるわけだから。
ふつうの視聴者は味方の死に憤りを感じ、主人公に感情移入するのかもしれない。
わたしは死んだ人をうらやましいなとしか思えないから、
うまく感情移入できなかったのかもしれない。
主人公もイケメンでなんか虫が好かないし、彼がシチリアで美女をゲットするのだって、
結局はマフィアの跡取りという権威(肩書)を利用したものだったわけでしょう?
シチリア美女のおっぱいを見(ら)れたのはよかったけれども。
むかしはおっぱいくらいで興奮したけれど、いまはおっぱいの価値が下がったなあ。
おっぱいに行き着くまでの複雑な物語を仕組んでくれていたら
おっぱいの輝きが増すのだが、
「ゴッドファーザー」はあまりおっぱいに重きを置いていないようだった。
とにかくよく人が突然死ぬ映画だったから、なんでもないシーンのときも、
いきなり拳銃を持った人が現われドンパチやるのではないかというスリルがあり、
そこがまあおもしろかったといえなくもない。

この映画が好きだという人にどこが好きなのかじっくり聞いてみたいなあ。
きっと俳優が好きなんじゃないかと思うんだ。
多くの人は映画を俳優の演技に注目して鑑賞しているように思われる。
わたしは映画で俳優は軽んじているところがあって、
物語の質のようなものを重視している。ストーリーのおもしろさである。
マフィアのドンが格好いいという思い込みが大衆心理のなかにあるのは、
おかしなインチキ精神分析をすると人はみな群れたがる本能があるからではないか。
群れの長(おさ)にはつい敬意を払ってしまうというような浅ましい奴隷根性。
「ゴッドファーザー」はアメリカの忠臣蔵とでもいえるのかもしれない。
あの主人公が最後までファミリーなんて関係ないと突っ張っていたらおもしろかったのに。
この映画が上映されたのは、アメリカがベトナム戦争でいろいろ内部でもめていた時代。
国民が一丸となってアメリカというファミリーのために団結する物語を、
当時のアメリカ国民は深層心理のうちに求めていたのかもしれない。
多くの人が求める物語を提供するのがエンターテイメント産業の使命である。
そう考えると「ゴッドファーザー」は、
時代の要請にかなったすばらしい名作映画ということになろう。
最後に繰り返す。「ゴッドファーザー」は好きか嫌いか――よくわかりません。
明朝、引き続きパートⅡを視聴する予定。

COMMENT

- URL @
04/16 22:08
. ネットではゴッドファーザーをほめたたえる感想しか見たことなかったからとっても新鮮な感想でした。
Yonda? URL @
04/18 08:36
名無しさんへ. 

まあ、こちら映画オンチですからデタラメの解釈であります。パートⅡを昨日見たらこれがけっこうおもしろくてたまげました。わがつたない映画評にコメントをくださり、ありがとうございます。
東方不敗 URL @
04/18 14:01
Yonda?さんへ. 私も見てみます。
Yonda? URL @
04/18 15:07
東方不敗さんへ. 

パート2はパート1を観ていないと楽しめないような気がします。それでまたパート2が狂ったように長くて、おもしろくなるのはかなり終わりになってからという。連日お仕事の東方不敗さんの貴重な休みのお時間を費やす価値が「ゴッドファーザー」にあるかはわかりません。ま、ご随意に。








 

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