「秋の一夜」

「秋の一夜」(ゴーリキー/上田進・横田瑞穂訳/岩波文庫)

→この短編小説が好きだと白状するのはとても恥ずかしいことだと思う。
あたまでっかちの無職青年が売春少女に慰められ号泣する話である。
日雇いのような仕事を転々としていまは無職で放浪中の青年がある港町に流れ着く。
腹ペコだが一文無しのため固くなったパンさえかじることができない。
夜になりたまたまおなじような境遇で空腹の貧乏家出少女と出逢い、
ふたりで売店に忍び込み古くなっただれも食べないようなパンにありつくことができた。
いちおう腹の虫もおさまったし、
ふたりはどちらが誘うともなく砂浜に横たわり星空を眺めている。
「いっそ死んじまったら」と少女は言う。
少女は生まれてきてから苦労の連続でいまは売春で生計を立てている。
正確には、悪い暴力男につかまり売春をさせられている。
稼いだ金もピンハネされて少女のもとには一銭も入らない。
今日さっきの話だ。
男にほかの女がいたことに気づいた少女が怒ると
逆にボコボコにされ家を追い出されてしまった。
「男なんてみんな死んじまえばいいんだ」
と言う少女は言葉とは裏腹に恨みも怒りも暗さもなく、むしろ明るささえ感じられた。
低学歴ゆえのコンプレックスから貧しいながら本ばかり読んできた青年は、
この顔に殴られたあざのある売春少女のなまの声にガツンとやられる。
自分はいままで本をたくさん読んできたが、本当のことはなにも知らなかった。
この少女の言葉には万巻の書をもってしてもあらわせない真実が宿っている。
書物などではゆめゆめわからぬものが、
いまこうして生きている学のない少女の内奥に存在する。
いままでの自分が根本からくつがえされた青年の身体はガタガタ震えはじめる。
「秋の一夜」に風邪を引いたのか世界観が変わったせいか青年の震えはとまらない。
売春少女は大丈夫と言う。寒かったら、あたしがあたためてあげる。
人肌って意外とあったかいものよ。
寒かったらあたしを抱きしめてあたたかくなって。
大丈夫、考えすぎないこと。いまは辛くても人生なんとかなるものよ。

「彼女は私をなぐさめ、はげましてくれた……
私はなんという仕様のない人間だろう!――この一つの小さい事実のなかには、
私にたいするなんという大きな皮肉がふくまれていたことであろうか!
まあ考えてもみてください!――だって私はそのころは、
本気になって人類の運命というものに心をいため、
社会制度の改革や、政治的な変革を夢み、
おそらく著者自身にさえもそこにふくまれている思想の深い奥底までは
見きわめがついていないのだろうと思われるような、
さまざまの悪賢い書物を熱心に読みふけり――そうして、なんとかして自分を
「偉大な積極的な一つの力」に仕立てようと努めていたのであった。
ところが、いまこの淫売婦は自分の身体でもって
私をあたためてくれているのである」(P158)


どうしてこの子は自分なんかに親切にしてくれるのだろう?
いま自分が味わっている感触は本には書いていなかったことだ。
少女のつんと固くとがった胸の感触はこうも身にしみるあたたかさを持っているのか。
たしかに私は震えていたが、いま思えば震えていたのは私だけではなかった。
宿無しの売春少女もまた震えていたではないか。
どうしてこの子は自分もまた震えているのに私を抱きしめてくれるのだろう。
孤独は寒い。空腹も辛いが、孤独はもっと寒々とするしんどさがある。
だれかとハグしたい。ぎゅっと抱きしめあいたい。
この無学で貧困にあえいでいる売春少女はどれほどの苦しみをいままで味わったのか。
それを想像すると
いままで本ばかり読んで世界をわかったような気になっていた自分が恥ずかしい。
この売春少女はどのくらいの辛酸を舐め、にもかかわらず、
こうして自分を励ましてくれるのか。
本当に不幸なのは自分ではなく、この売春少女ではないか。
どうしてこの子はこの辛い境遇に耐えられるのか。

「ところがナターシャは、ひっきりなしに何かしゃべっていた。
しかもそれが、女でなければいえないような、優しい、慈愛のこもった調子であった。
その彼女のあどけない、優しい言葉をきいていると、
私の身体のうちにいつかしら温かい火が静かに燃えあがってきた、
そしてその火のおかげで私の心のなかの塊りは、溶けていくのであった。
すると私の両眼から涙が滝のようにどっとあふれだした、
そしてそれといっしょに、
その夜まで私の心にこびりついていた多くの憎しみや、憂いや、
馬鹿げた、汚ならしい思いなぞが、
きれいに洗い流されてしまった……ナターシャは一所懸命に私をなだめるのであった。
――さあもうたくさんよ、あんた、泣くのなんて止しなさいよ!
もういいでしょう! なあに、じきにまたいい日がくるわよ、
仕事も見つかるでしょうし……そうしたら、何もかもがうまくいくようになるわ……
そして、絶え間なしに私に接吻(せっぷん)をしてくれた。
かぞえきれないほど沢山の、熱い、熱い接吻を……
これは私が生れてはじめて味わった女の接吻であった、
しかもこれこそ私にとっては最上の接吻なのであった、
というのはその後の接吻はすべて、おそろしく高い値をはらいながら、
しかも私の方ではほとんどなんら得るところがないようなものばかりだったのだから」(P160)


私はこの少女にもう一度会いたいと思って探し回ったが、結局再会はかなわなかった。
あの少女は本当にいたのわからなくなる日もあるが、
あのあたたかさだけはいまでも忘れることができない。
ありがとうと私はなにものかに対して思う。生きるのもまんざら悪くはないのではないかとも。

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