「働く。なぜ?」

「働く。なぜ?」(中澤二朗/講談社現代新書)

→なぜ働くのかというのはなにやら考えてはならない不穏な疑問のような気がする。
いまのバイト先の面接時にさ、笑っちゃうような質問用紙に回答させられた記憶がある。
詳しくはもう忘れたけれども(もう一度見てみたい)、
「あなた将来の夢は?」とか高校生向けの質問事項が並んでいた。
思わず笑ってしまい、面接官だった(いまはなき)サブマネージャーに
「いいおっさんがこんなこと書かなきゃならないんですか?」と聞いたら、
「形だけでいいから書いてよ」と含み笑いをしながら言われた。
その質問事項のひとつに「あなたは何のために働くのですか?」があった。
「わかりません。誰か教えてください」と書いたような気がする。
いまでもあれ、どこかに保存されているのかな、恥ずかしいぜ、くうう。

「正しい」答えは「家族のため」「自分の成長のため」「夢のため」ではないか。
本音を嫌い建前を好む日本文化では「お金のため」はそこまで「正しい」答えではなかろう。
変なことを書くけれど、
世の中にはお金のためではなく働いている人もいるのだから困ってしまう。
そんな人いるのかって話だけれど、実際にわたしはふたり知っている。
ひとりは2ちゃんねるの文学板でコテハンをしている「論先生」という中年男性。
この人は家が大金持で働かなくても一生食っていけるそうだ。株とかそういうの。
一時期心を病んで精神科に通院していたらしいけれど、
そういう危ない人でも名家のお坊ちゃんだからコネでいいところに再就職できるわけ。
そんな人が愛されるのかって話だけれども、なんか結婚もしたらしい。
おおむかしネカマをやっていたとき、この人から熱いキモいラブレターが来てね。
こいつマジモンのおキチじゃないかと思ったけれど、
大金持アピールは間違いなく本当だと確信した。

働かないでいいのに働いている人っているもんで驚いた。
もうひとりはいまはもう絶交された知り合いで、同年齢の男性。
一橋大卒で有名企業に入り年収は5、6百万だとか(当時。いまはもっと上だろう)。
小谷野敦と中島義道とビジネス書が好きな、
友だちがいないことを過剰に悩む孤独な男性だった。
結婚式をするとき呼ぶ人がいないのでどうしようとかブログに書いていた。
聞いたらさ、この人の実家は北海道で不動産屋をしていて大金持っぽいの。
当時の住んでいるところも親の持っている物件だから家賃ゼロ。
世の中にはこんな恵まれている人がいるのかってギョッとしちゃったもん。
でも、当人はたいそう不幸ぶっていて
自分は世界でいちばん孤独な人間だと信じていたんだから、あはっ。
彼も言ってしまえば働かなくてもいいのに働いているわけ。世間体のために。
最後に逢ったとき大阪芸術大学を中退した若い女の子と同棲していて、
どうだすごいだろう? と自慢された。
そのお嬢さんの両親に挨拶に行くとき、
有名企業社員という社会的信用がどれほど役に立ったことか。

世間体のために働いている、われわれからしたらびっくり仰天の人もいるわけさ。
こういう事実をいまのバイト先の人が知ったら(時給850円!)、
あまりの理不尽に気が狂ってしまうのではないだろうか。
時給850円の人と金持のボンボンとどっちが人間的にいいかって、そう差はないのね。
ある部分では時給850円の人のほうが勝(まさ)っているところさえある。
この世の理不尽、不公平、デタラメは知ったら吐き気をもよおしたくなると思う。
むしろ知らないほうがいい。

ものすごい話が脱線してしまった。なんの本の読書感想文を書いていたのだったか。
そうそう、よく知らんが偉い人の書いた「働く。なぜ?」だ。
この人は一流企業で人事を長年やったから偉く、本書も「正しい」のだろう。
著者は必死で仕事に意味を与えようと苦慮していたが、
その骨折りぶりを知ったからといって本書を絶賛するわけにはいかない。
姑息なプチ成功者の著者は、
自分よりも「偉い」権威どころの発言をやたら多く引用していたので、
ああ、こいつは骨の髄まで世の中の腐った常識ってものに汚染された、
いわゆる「できる人」なのだと思った。

高学歴、高収入の著者は
「働く。なぜ?」の「正しい」答えを伝えようと一生懸命になっていたが、
もしかしたら答えは「わからない」でもいいんじゃないかなあ。
結局さ、会社から1年の休暇をもらったら困る人が大勢いるんじゃないかって話。
1年遊べと言われても、ふつうの神経の持ち主は1年も遊びつづけられない。
遊ぶことにすぐ飽きて仕事をしたくなってしまう。
わたしなら5年でも10年でも遊べるぞと言いたいところだが、
実際は1ヶ月も持たないかもしれない(本当かよ?)。
ベーシック・インカム(国民全員に生活費を支給する制度)が導入されても、
どういうわけか働きたくなってしまう人はかなりの割合でいるのではないか。
わたしだってベーシック・インカムが実現しても、
いそいそといまのバイト先に通いつづけるかもしれない。
だって、おもしろいんだもん。
昨日はあるとてもお若い社員さんから怒られたけれども、
感情をむきだしにした人間っておもしろいなあ、と感動した部分がある。
言うまでもなく、社員さんの言い分が正しく、まったくいたらないクズバイトでごめんなさい。
昨日はおかしかったな。
フィリピンのおばさんから「私、悪くない」と大声で叱責されにらみつけられたけれど、
いま考えたらおもしろすぎるのである。おいしいというか。
言うまでもなく、すべてわたしが悪い。
自分をもっと人間として成長させなければなりません。
高学歴、高収入の著者が書いた「正しい」本書から影響を受けた部分を引用する。

「組織に入るとは、その指揮・命令下に入るということです(直接的には「上長」に従う)。
人は生まれながらにして自由です。が、その限りにおいて、自由は制約を受けます。
九時までに出社しなさい。好きな仕事ではなく、指示した仕事をしなさい。
就業時間中にさぼってはいけません。企業秩序を乱してはいけません等。
それが嫌でたまらないなら、組織になじむことはできません。
それでも入りたいなら、それでも入らざるをえないなら、
それに従わなければなりません。
従うだけでなく、他の人たちと上手くやっていくことが不可欠です」(P24)


これだけ偉そうなことを書く著者は、
会社員のあいだ一度たりとも遅刻したことはないのだろう。
中澤二朗氏はたったの一度も上司からの指示に逆らったことはないのだと思われる。
氏は瞬間たりとも仕事中にさぼったことはないのだろうから恐れ入る。
中澤二朗さんは会社の人のだれとでも上手くつきあう処世の天才だったのだろう。
この人はいったいどういう人いなんだろうと著者プロフィールを見てみた。
これだけ偉そうなことを書くからにはきっと東大卒だろうと思い込んでいたが、
学歴が記載されていなかったが、偉ぶっている人が偉い人なのだから、
この人は偉くて「正しい」と思う。
就活生や新社会人は必読の書。
座右の書として何度も繰り返し読む価値があるのではないか。

COMMENT

東方不敗 URL @
03/21 18:44
他人と比べると辛くなる. 働く理由は「幸せ」になる為でいい。

仕事は「目的」ではなく「手段」。

私は家族が幸せであれば満足。
Yonda? URL @
03/22 18:03
東方不敗さんへ. 

大学生のころは原一男さんの影響を受けて、
家庭円満なら事足れりなんてつまらない男にはなりたくない、
なんて生意気なことを思っていましたが、
じつは家族を得ることでさえ壮大な難事業だったんですね。
女性パートさんとかほとんど結婚して子どももいるんでしょう。
ちゃんと生活しているんだ偉いなあ、と時おり涙腺がゆるみます。
って、おまえなにさまかって話ですけれど。
たんたん URL @
03/25 09:31
. いつも楽しく読ませて頂いてます家族を維持するのも難事業ですね。ところで濱口雄幸についての本の感想を聞きたいです。私は、聖人と思うのですが、どう思われますか
Yonda? URL @
03/26 11:23
たんたんさんへ. 

ごめんなさい。政治家には興味がまったくありません。








 

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