「101歳の人生をきく」

「101歳の人生をきく」(中川牧三・河合隼雄/講談社)

→有名な声楽家らしい中川牧三と河合隼雄の対談を読んでつくづく思ったのは、
芸術というものはあり余るほどの金と暇がないとできないということ。
芸術は基本的に労働ではなく遊びだから、
食っていくだけでカツカツではとてもできるものではない。
うろ覚えだが、あれは写真家の篠山紀信だったのではないか。
写真家希望の若者に「どうしたら写真家になれますか?」と聞かれると
「きみんちに山はあるか」と逆に質問したという。
ひと山つぶすくらいの覚悟がないと写真家にはなれないという意味である。
中川牧三の実家の名門ぶり資産家ぶりはものすごく嫉妬する気にもならない。
中川牧三は好きな音楽をやりたいが親が許さない。
とりあえず大学を出たのだから働けと親のコネである会社に就職させられる。
果たして中川牧三は働いたか? ノーである。
「ボンは座っているだけでいい」と言われ、
中川は会社に弁当を食べに行っていただけだという。
毎日弁当を食っているだけで月給をもらえたらしいから名家のボンボンはレベルが違う。
とにかく中川牧三は好きな音楽がやりたい。
そこでむかしから家と家が親しかった近衛秀麿に頼み込む。
「ふたりでヨーロッパに行こう」という話になる。
当時一軒家を借りる家賃は5円だったという。
そんななか中川牧三は近衛秀麿と二人でシベリア鉄道に乗るだけで
21万円かかったとさらりと語るのだから金持のレベルが違う。
本物の芸術は「好き」や「夢」や「努力」が作るのではなく、
才能があるのは最低限の条件でいちばん重要なのは潤沢な資金になるのだろう。
貧乏人から成り上がった芸術家もどきが骨董を愛するのとはわけが違う。
ファンだから河合隼雄の言葉を拾っておこう。

「現代ではどうしても急ぐでしょう。才能があっても、急いで、早く出して……。
古きよき時代には、テンポがみんなゆっくりしていましたからね。
そんなに急ぐ必要がなかったからね」(P52)

「日本の音楽には体育会系的な部分もありますよね。
ブラスバンドなんかもそういう傾向があるんだけど、なんとなく体育会系的でしょう。
楽しむよりも「鍛える」。(……) 合唱団なんかも、ちょっと特別なものと違いますか。
一糸乱れぬようにパーッとやって喜んだり、むずかしい曲を必死に練習したりして。
だけど、自分の身体からほんとうに声が出てきて楽しいという
感じじゃなくなっているのが多いみたいに思うんですけどね。(……)
歌を楽しむより先に、苦しみのほうを教えている。
日本はだいたいそうですけど」(P179)

「最近では、そういうことに気がついている人もいるんだろうけれど、
次に何を求めるかというと本物の先生ですよね。
本物の先生ってなかなかいないでしょう。
やっぱりいちばん幸せなのは、いい先生にめぐりあえたとき。(……)
レコードを聴いて勉強するより、いい先生に習うのがいちばんだけど、
なかなかいないじゃないですか。
それで、非常に勉強しにくいというのもあるんじゃないですか」(P181)


中川牧三は長年コンクールの審査員をやっていたが、
日本では単純に才能だけで評価されることは少ないらしい。
河合隼雄いわく、「日本はほんとうに派閥、人脈が強いですからね」――。
それに続けて中川牧三は言う。

「審査自体にも、学校内のこととか、そういうことが先入観になってしまってね。
いま実際にとっても売れっ子になっているソプラノがいるんですけど、
予選ではどういうわけか、日本人の審査員の票が集まらず、落ちそうになった。
でも、聴いてみたら、なかなか方向性がいいんですよ。
それで、補欠みたいな形でもいいからと言って、特別にその人を入れたんです。
そしたら、本選には外国の審査員も来たんですが、一番になってね。
どうも学生時代、評判がよくなかったらしいんです」(P213)


派閥や人脈をうまくやらないと日本では出世できないのだが、
これは会社員ならみな骨の髄まで理解している常識なのかもしれない。
芸術バカや学者バカがそういう実際を知らないというだけで。
40を過ぎてから世に出た河合隼雄は人脈づくりや派閥調整の天才だったのである。
河合隼雄ほど各界の成功者たちと対談をして、
上辺だけの交友をした人はいないのではないか。
もちろん、河合隼雄は意識して自覚してやっていたのである。

「ぼくなんか、両方ありますから。日本のこともけっこうやっているし、
それをやっていないと生きておられないので、
おかしいと思いつつすることになります」(P214)


スクールに行ってそこの経営者と大喧嘩するなんて
絶対にやってはいけないことだったのだろう。
人間の孤独を本当に熟知したら、
河合隼雄のような上辺だけの交友をうまくできるようになるのかもしれない。

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