「上出来の人生だが・・・・」

「上出来の人生だが・・・・ サマセット・モームの警句とお喋り」(森村稔:編著/産能大出版部)

→在野のモーム好きが、長年こつこつと収集したモームの名言を披露してくださっている。
「儲け」とか「評価」など関係なしに「好き」だけで書かれた本ゆえ非常によかった。
なにかを好きな人が「好き」をただひたすら追求して書いた本のどれだけいいことか。
大衆作家だったモームは無知蒙昧な大衆のことをよく知っていたのだろう。
娯楽作家のモームは大衆のおもしろさをよく知っていた。

「ごくふつうの人間が、作家にとっての沃野(よくや)である。
何をしでかすか分らないし、それぞれ妙な個性もあり、一人一人ぜんぶ違う。
そこに汲めどもつきぬ題材がある。
偉大な人物のすることは、首尾があまりにも整っている。
矛盾撞着に充ちているのは小人物。無限の味わいがある」(P9)


"The ordinary is the writer`s richer field."

わたしはもうほぼ人生が終わってしまった学のない老いぼれの敗残者だが、
モームの言っていることはなんとなくわからなくもない。
いわゆる「作家の目」で見たらごくふつうの人がいかにおもしろいかである。
ときおり突拍子のないことをするし、とにかく思った以上に親切でときに意地が悪い。
動きが読めないというのか、たしかに「沃野(richer field)」なのである。
大衆作家として大成功したモームは、大衆が信じている嘘をすっぱ抜く。
大衆をよく知っているから、大衆の御機嫌など気にせず「本当のこと」を書けるのだろう。
いわく、「艱難汝を玉にす」ほど嘘くさいものってないよねえ。
苦労したぶんだけ人は成長するとか信じているバカが多いけれどあれは絶対に嘘。
これはわたくしごときが言っているわけではなく、
世界的人気作家のモーム先生が繰り返しおっしゃっていることである。

「苦しみ悩むことによって人間は気高くなるなんて世間では言うわね。
そんなの嘘よ。苦しんだ人は、思いやりすらなくしてしまうのよ」(P14)

「人間、苦難に遭って心が洗われるなどということはない。
安楽に恵まれてそうなることは、時にあるけれども。
たいていの人間は、受難の中で心がせまくなり、恨みがましい人間になってしまうのだ」(P14)

「ある一派は、苦悩が人間を気高くする、と説く。とんでもないことだ。
苦悩は人をケチにし、愚痴っぽくし、利己的にしてしまう。
それが世の常である」(P15)


もういいおっさんのためつねにクビになるのを恐れながら、
いま埼玉県某所の時給850円の職場で細々とアルバイトさせていただいている。
東京の住まいからわざわざ埼玉県にまでわずかな賃金を求めて通っている。
成功者のモームの名言といまの自分を引き合わせてみよう。
いまの職場でいちばん思いやりがないのはだれか?
あのバイト先でもっとも心がせまく、かつ恨みがましいやつはだれか?
大勢いるパートのなかでだれよりも愚痴っぽく利己的で自己中心的なのはだれか?
――すべてわたしというほかないのである。
とすると、わたしはそんなに多くの苦難を味わったのか?
そうでもないような気がして、
いまのバイト同僚はどうしてあんなに思いやりがあるのだろう。
もしかしたら時給850円の肉体労働というのはそれほどの苦難や苦悩ではないのだろうか。
英国有名人のモームと日本人低賃金非正規労働者のいったいどちらが「正しい」のか。
バイトから帰ってくると安酒をちびちび飲みながらそのつどいろいろなことを考える。

"The ordinary is the writer`s richer field."

人間はおもしろいが、しかし人生は本当につまらない。
なんにもないのである。芝居っ気のあることはなんにもない。
少し芝居っ気を感じてこちらが動いても、あちらは乗ってきてくれない。
むろん、相手がわたしに対して芝居っ気の不足を嘆いていることもあるだろう。
現実はなんにもない。モーム先生も言っておられるむかしからの真実だろう。

「実人生が、作家に、出来合いの物語を供給することははなはだ稀である。
事実は、しばしば実に退屈なものなのである」(P81)

"It is very seldom that life provides the writer with a ready-made story.
Facts indeed are often very tiresaome."


だから、作家はおもしろいお話、つまり物語をつくるのかもしれない。
世界的なエンターテイメントの作家である英国のモームは言う。

「わたしは楽しんでもらうことを意図している。
……読者に向かって、これこれは実際にあったことだと主張してみても仕方がない。
とりあげる事実は、それらしく見えるものでなければならぬ」(P114)


大衆は「本当のこと」よりも退屈ではない出来合いの物語も求めるものである。
大衆は(あるのかどうかわからぬ)真実など知るよりはるかに楽しみたい。
人を楽しませる言葉をうまく書けるのがエンターテイメント作家ではないか。
だとしたら、以下のモームの箴言(名言)は本当なのか嘘なのか。
わたしはなにやらものすごい真実が書かれているような気がするけれど、錯覚だろう。
わたしのような無学な大衆はモームにこのようにだまされるという典型かもしれない。

「さて、これは人生の不思議の一つであるが、
一番いいもの以外は何がきても受けつけないようにしていると、
その一番いいものが獲得できることがよくある。
つまり、すぐ手に入るものでガマンするなんてとんでもないとがんばれば、
案外、欲しいものがなんとか入手できるようになるのだ。
そのとき、運命の女神はつぶやくのではなかろうか――こいつ、完全なアホウだ、
完全なものを求めるなんて、と。
そして、女神特有のわざとらしい手つきで、
その完成品をヒョイと投げ与えてしまうのだろう」(P90)


こちらの実感では運命は男神ではなく女神で、
あまりもてない男に女神さまはいいプレゼントをしてくれそうな気がしている。
もてる男って底の浅いことが多い(むろん当方の過剰被害妄想的差別発言)。
バレンタインのチョコゼロなんてどうでもよく、ただおれは運命の女神から愛されたい。
だが、むろんのこと、意味不明な無駄な苦しみはごめんこうむる。

COMMENT

東方不敗 URL @
02/15 22:43
007?. モームさんは英国の諜報員でしたから、一筋縄では理解できないと思う。

理解するには、エニグマが必要なのではないのでしょうか?(憶測ですが)
Yonda? URL @
02/16 09:14
東方不敗さんへ. 

関係ない話をしますが、最近稼げないっすよねえ。








 

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