好きなことをやれ

よくさあ、成功者が得意顔でさも人生わかったような顔をして言うじゃないじゃないですか。
好きなことだけやっていろ、とか。
他人の迷惑なんて考えずに好きなことをやれるのが才能だ、とか。
ふつうの人は世間体とか親の期待とかあるから、好きなことは続けられないでしょう。
好きなことなんて続けていたら一生下積みで終わるかもしれないわけだから。
下積みっていっても平社員なら正社員だからまだいいほうで、
「失楽園」の渡辺淳一が書いていたけれど
「老人になって地位も金もないのはみじめで悲惨」というのは本当の真実だと思う。
しかし、成功者は好きなことをやれと言う。
マイクロソフト元社長の成毛眞さんとか、「痛くない注射針」の岡部雅行さんとか、である。
たいていの人は好きなことをあきらめて遅かれ早かれまっとうな人生へ戻っていくはず。
平凡というのは思っている以上に輝かしい存在だと思うのだけれど、
平凡がいやになって自己啓発書を読む人が現われる。
結果、成功した人だから言える「好きなことをやりつづけろ」という言葉にぶつかる。
で、自分は好きなことをあきらめたからダメだったんだと変な後悔をする。
でもさ、あれは成功者だから言えるきれいごとなのかもしれないのである。
たとえば先日読んだ成毛眞氏の成功本「このムダな努力をやめなさい」から。

「人生は楽しんだもん勝ちだ。
苦労も自虐ネタにするならいいが、
どっぷり浸かってしまったら人生をムダに消耗してしまっている。
どれだけ人を楽しませるネタをそろえられるかが人生の最優先課題だ、
と私はかなり本気で思っている。
資格や肩書も墓場までは持っていけないのだから、
素の自分でいかに人の記憶に残る人生を送れるかが重要なのだ。
興味がある事なら何でもいい。たとえば能に興味があるのなら、
観に行くだけではなく、自分で能楽教室に通うのもいい。能面を作る教室もある。
好きなことを深く追求する。
そのほうが楽しいに決まっている。
それこそ今、やるべきことなのである。
やがてそれが自分の武器となるかもしれない。
自分の身を助けることにもつながることはあるだろう」(P39)


人気ビジネス書の「プロ論。」の成功者たちもみな似たようなことを言っている。
うちのブログのカテゴリー「通俗成功哲学」をご覧いただいたらおわかりになるよう、
成功者はとにかく「好きなことをやれ」と言うのが好きである。
でも、好きなことを続けていて成功できるのはほんのひと握りじゃないですか。
ある面では有害でしかない言葉だと思う。
ふつうのビジネスパーソンはこういう甘い言葉に気持を揺さぶられるはずだ。
けれども、まじめに働いていたら好きなことなんてする時間があるわけがない。
逆なんじゃないかと思うね。
たたただ平々凡々にまじめに誠実にいい人たるべく働いているだけで偉いのではないか?
好きなことなどせずにいやな仕事を黙々とこなしているだけでも十分に偉いのではないか?
なんの輝かしい履歴を持たずとも結婚して子どもを育てている、
それだけで立派ではないか?
みんながみんな好きなことをする必要なんてどのくらいあるのだろう?

ただ平凡に生きる人の小さな喜びや悲しみ、小さなかなわぬ恋や小さな嫉妬による意地悪、
取るに足らないけれど本人には大事な失意や落胆、後悔、
小さな会社における出世欲、その成就あるいは断念、
できの悪いわが子への期待とその裏切り、つまりそれぞれの人生における
それぞれの人の小さな発見を丁寧に描いたのが山田太一ドラマであったと思う。
平凡な人生でも十分生きるに値する輝きを持っていることを描いたのが山田太一ドラマだ。
しかし、あれはどの程度リアルなのだろうか。完全な作家のフィクションなのだろうか。
現実ってなんだろう。他者の現実ってどうなっているんだろう。
「好きなことをやれ」という成功者のメッセージよりは、
山田太一ドラマのほうがいまのわたしにはリアリティがある(人それぞれでしょうが)。
成功者の金言と山田太一ドラマのいったいどちらが
自分にとっても真実なのかはまだわからない。
どっちが本当なんだろう。まだわっからねえ。
「本当のこと」はどれも実際に生きてみないとわからないことばかりなのだろう。
そして「本当のこと」や「人生の真実」は人それぞれでどれも「正しい」のだと思う。

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