ベトナム特需

好きな作家のベトナム旅行記を読んで自分はかの国のことをなにも知らないと再確認した。
そもそもある国のことが「わかる」というのも怪しい。
日本人だったら日本のことをみんなわかっているのか。
それぞれの出身地や生活水準、
文化レベルによって日本を知っている気になっているだけではないのか。
日本人だが大阪に行ったら関西人の言葉を百%理解できる自信はない。
あの人たちはおなじ日本人とは思えないという、どこか差別的な思いもある。
(もちろん、京都や大阪のほうがはるかに格上で偉いのございますよ)
九州の人のランゲッジ(言語)をおそらく正確に理解できないし、
努力して学ぶこともできないだろう。

環境によるのだろう。
親が外国人だったら、かなり外国語の吸収も早いのではないか。
親が田舎の名士なら、日本独特の根回し意地悪文化の飲み込みも早いだろう。
いま若いベトナム人と一緒に働いている。
ベトナムにはむかし1ヶ月ふらふら遊びに行ったことがある。
カンボジアから入り、中国へ抜けた。
当時わたしは「ベトナム特需」という言葉を知らなかったような気がする。
そもそも高校や予備校では日本現代史はそこまで詳しく教わらない。

日本の高度経済成長はベトナム特需だったという説があるのを、
恥ずかしながらいまさら知った。
教わったのかもしれないが忘れていた。
1965年からほぼ10年続いたベトナム戦争が日本の高度経済成長を支えたという物語。
そうかもしれないし、そうではないかもしれない。
15年まえの大学生時代にはまった(いまは日本最高峰権力者の)村上龍だって、
ベトナム戦争の影響を読者が恥ずかしくなるくらいに受けているのである。
いま40歳間近のわたしが若いベトナム人と一緒に働いているのは、
考えようによってはかなり文学的な事件なのかもしれない。
まあ、たまたまの偶然なのだが。

日本の高度経済成長がベトナム特需であるとしたら(真相はだれにもわからない)、
自分たちこそがいまの日本を努力で作ってきた
と威張っている老人には一刻も早く死んでほしい。
世界のどうしようもない構造の産物(高度経済成長)を、
自分たちの努力の結果だと思っているお気楽さは万死に値すると言えなくもない。
まあ、人間の歴史なんてきっとそんなものなんだろうなあ。

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