「般若心経で朝から幸福に生きる」

「般若心経で朝から幸福に生きる 不安を解決する30講」(ひろさちや/青春出版社)

→ある日本を代表する作家が自分の本を新刊で買わないやつは許さない、
とネット上で発言して波紋を広げたらしい。なんか教祖と信者みたいで怖いと思った。
そう言えば、ぼくは人気ライターひろさちやさんの本を一度も新刊で買ったことがないなあ。
印税を一銭も渡していないことになる、やばっ。
話したいとも思わないし、そういうファンはひろさん嫌いだろうとわかるから。
講演会にも行ったことがないし、行きたいとも思わない。
これって考えてみたら、ありえないほど理想的な関係じゃないかしら。
作家とファンのベタベタした関係って単純に気持悪い。
ファンのなかでも上下関係が生まれて、
自分は先生と何回ゴルフに行ったから偉いとか、そういうの新興宗教みたいで、うざっ。

人気宗教ライターひろさちやさんの主張はデタラメ、あきらめ、いいかげん、である。
あきらめよう、もっといいかげんに生きよう、は他の有名人も言っているが、
この世の中はデタラメだと断言できるのはひろさちや氏と中島義道氏くらいではないか。
思いっきりわかりやすーく人生を断片化するとこうだよね。

☆行為→(?)→結果

成功者とか金メダル選手は、自分の努力をえんえんと自慢するじゃない。
それに人ってどうしてか自分は善人だって思っているところがあるよね。
みんな悪よりは善をしたいとどこかで思っている。
どうしてかって考えると、善因善果の考え方がはびこっているからだと思う。

☆善行→(?)→善果
☆悪行→(?)→悪果
☆努力→(?)→成功
☆怠惰→(?)→失敗


まあ、こんな感じ? これってさ支配者層に都合のいい考え方なんだよね。
上のほうの人はしもじもの人間にがんばってもらわないと困る。
ちゃんと働いて年貢や税金を納めてほしい。一揆なんて起こされたら困る。
経営者は従業員から一滴でも多く労働の汗を搾り取りたいとどこかで願っている。
このため善因善果とか悪因悪果とか、
そういうデマを僧侶を通じて下層民に植えつけたのだと思う。
でもさ、実際ぜんぜんそうじゃないわけでしょう。
いい人が難病で苦しみながら早死にして、
人様に灰皿でテキーラを飲ませるようなやつが女にもてて金を稼いでいるわけ現実って。
そこで前世とか来世とか存在していない証明が不可能なものを持ち出して
(最先端科学でも前世や来世が存在してい「ない」ことは証明できない)、
悪果は前世の報いだの、悪行は来世にたたるだの、下層民を脅しつけたわけだ。

いまでも前世や来世を信じている人はいるけど(ぼくぼくぼく!)数は少ないよね。
いまは現世一辺倒で善因善果、悪因悪果という幻想をみんなで信じている。
みんなでみんなに善因善果、悪因悪果という催眠術をかけあって、
生きにくい世の中をみんなで手を取り合ってまわしている。
なかば嘘だろうと気づいている人もいるけれど、はっきり公言はできない。
でも、もういつ死ぬかわからない仏教ライターのひろさちや氏は言い放つ。

☆行為→(デタラメ)→結果

善因善果も悪因悪果もない。そもそもなにが善でなにが悪かわからないじゃないか。
他人に善行をほどこそうとしてかえって迷惑になることがどれだけあるか。
いいかげんに仕事をしていてもなぜかすいすいうまくいくことってあるでしょ?
失敗だ、不運だと思っていたことが、のちの幸運や僥倖に結びつくことも少なくない。
もしかしたら行為と結果はあまり結びつきがなく、
人間が思いはかるような善も悪もないのかもしれない。
行為と結果の関係があいまい(デタラメ)ならいいかげんも、あきらめもいい。

☆いいかげん・あきらめ→(デタラメ)→どうなるかわからない!

どうせ日本人はね、みんないいかげんにやろうと思っても、国民がらがんばっちゃうの!
外国人のさぼるときのさぼる姿勢は半端なく、日本人には絶対に真似できないから。
しかし、なにが功を奏するかなんて本当は絶対にわからないんだなあ。
日本人ってぼくもふくめて(おまえはふくめない!)マジメだよねえ。
だれも見ていなくてもマジメに働くのなんて日本人だけじゃない?
そういう日本人は息抜きにひろさちや先生の本を読むのはときにいいのかもしれない。
べつに読まなくてもぜんぜんいいけれど。

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