「男と女のいる風景」

「男と女のいる風景 愛と生をめぐる言葉の栞」(渡辺淳一/PHP文芸文庫)

→一昨年お亡くなりになったが今後、
源氏鶏太のように消えるか残るのかそこそこ興味のある作家の名言集を読む。
「失楽園」の渡辺淳一である。
いまわたしがいちばん恐れているのは職場のパート女性さんに嫌われること。
社員さんに嫌われるよりも、
それどころではなく、おなじパートの女性を怒らせやしないか気を遣っている。
社員さんも(いまのバイト先は男性ばかり)女性パートが怖いだろうなあ。
得体の知れないものに対する本能的な怖さを多くの男は女に対していだいている。
人気作家でいまは冥界に住む渡辺淳一は調子に乗ったことを書いている。
そんなこともないと思うけれどなあ。

「もともと、男が女と逢う目的の大半は情事そのものである。
途中、食事をしたり会話を交わしたり、映画や芝居を見ても、
それらはすべて情事へ至る一つの過程に過ぎない。
女性をいたわり優しくするのも、究極のところ、
その女性と関係したいという願望を抱いているからである」(P26)


人はだれでも自分の思ったことを「男はみんなこう」と思ってしまうのかもしれない。
男はみんなおなじなんてことはないことを知りながらも、それでも。
男女論はそういうものなのかもしれない。
女も女でけっこう人それぞれなのに「女の子はね」とか普遍化して
自分の意見を絶対化してしまうようなところがあるのではないか。
そもそも人間は矛盾している。
渡辺淳一もおなじ本のなかで正反対のことを言っている。
男は情事のことしか考えていないと言い放った143ページあとに――。

「男は基本的に甘えっ子だし、性格が弱いから、女を求めるのはセックスの要求より、
落ち目のとき、「いい子、いい子、あなたが一番」
と言ってもらいたいからってとこもあるんですね。
男が二十八、九で結婚するのは、社会に出て、
ワン・ノブ・ゼロだということがわかり始めるときにあたるんです。
そのとき、何も知らない無知なワイフに「あなたが一番」と言ってもらいたくて、
それが男の結婚適齢期なんですね」(P169)


まあ、どっちも本当なんでしょうな。みんな正解で、みんな誤答。
それぞれぜんぶ正しくて、それぞれぜんぶバッテンの誤り。
だって、人それぞれだもんねえ。男はこうとか、女はこうとか、一般化できないって。
みなさん生まれ変わったら男と女、いったいどちらになりたいですか?
わたしは重いものを運びたくないから絶対に女だなあ(おい、そんな理由かよ)。
しかし、渡辺老人から甘えを鋭く指摘される。

「男も女ももし自分が反対の性になったら、すごい美男と美女になって、
異性には圧倒的にもてるはずだと初めから決めている。
男になって経済力がなかったり、女になって醜女(しこめ)であることなど考えず、
もてるということ前提で、ああもしよう、こうもしようと想像している」(P33)


これってガチンコ発言だよねえ。
女は顔で男は金だって言い切ってしまったわけでしょう。
基本的にわたしも山田太一ドラマの影響か人間は「顔、金、肩書」だと思っている。
どうしてかというと、そう思っていたらいろいろ傷つかないから楽なのである。
もしさあ人間が「金、顔、肩書」でないとしたら、深刻な鬱に落ち込むかもしれない。
もてないのは顔のせいってことにしておけばあきらめられる。
もてないのは金がないためだと思っていたら気楽でいられる。
もてないのは肩書(身分)が低いのが理由だと自分をごまかせたら悩まないで済む。
でもさ、あはっ、本当は人間性(笑)が問題かもしれないんだなあ。
むかしの修練本みたいだけれど、人格を磨いていないからもてないのだとしたら――。
ああーん、救いがなくてそこは自分地獄の一丁目。
もてないのは顔が悪くて、金がなくて、肩書が低いせいってことにしておいて~。

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